日本大百科全書(ニッポニカ) 「三二年テーゼ」の意味・わかりやすい解説
三二年テーゼ(抄)
さんじゅうにねんてーぜ
六、以上の分析全体から生ずる結論は、日本に於ける全政治的・経済的情勢は、革命運動をば、先(ま)づ第一に、帝国主義戦争に反対し、警察的天皇制の支配体制に反対し、労働者の生計の低き植民地的水準及び其の政治的権利剥奪(はくだつ)に反対し更に農村に於ける封建的及び高利貸的隷属制に反対するための闘争に駆り立てるであらうと云ふことである。
社会主義の達成を主要目標とする日本共産党は、今日の日本に於ける諸関係の下では、プロレタリアートの独裁への道は、たゞブルジョア民主々義革命を越えてのみ、即ち天皇制の顛覆(てんぷく)、地主の収奪、及びプロレタリアート農民の独裁の樹立を越えてのみ、達し得られるといふことを全く明瞭(めいりょう)に理解せねばならぬ。労働者農民の兵士ソヴェートの権力は、プロレタリアート及び農民の独裁の形態であり、またブルジョア民主々義革命の社会主義革命への転化の形態であるであらう。従つて革命の当面の段階に於ける主要任務は次の如くである。
(一) 天皇制の転覆。
(二) 大土地所有の廃止。
(三) 七時間労働制の実現、及び――革命的情勢の諸関係の下にあつては――総(すべ)ての銀行の唯一の国立銀行への合同その銀行ならびに資本主義的大経営、就中(なかんずく)一切のコンツェルン及びトラストの生産に対する労働者農民兵士ソヴェートによる統制の実施。
これによつて、日本に於ける当面の革命の性質は、社会主義革命への強行的転化の傾向を持つブルジョア民主々義革命と規定される。
現在の時代に対する主要な緊切な行動スローガンは次の如きものでなければならぬ。
(一) 帝国主義戦争反対、帝国主義戦争の内乱への転化。
(二) ブルジョア=地主的天皇制の転覆、労働者農民ソヴェート政府の樹立。
(三) 一切の地主、天皇及び社寺の所有土地の無償没収、農民への交付。地主、高利貸及び銀行に対する農民の一切の負債の完全な棒引。
(四) 七時間労働制及び労働者の状態の根本的改善。階級的労働組合の組織化と活動の自由。
(五) 日本帝国主義の軛(くびき)からの植民地(朝鮮、満洲、臺湾(たいわん)其の他)の解放。
(六) ソヴェート同盟及び中国革命の擁護。
かゝるスローガンのための闘争へ、共産党は日本に於ける全革命的民主々義的諸勢力を、即ち労働者農民及び都市貧民を召集し得るし、また召集せねばならぬ。共産党の中心的煽動(せんどう)スローガンは『帝国主義戦争及び警察的天皇制反対の、米と土地と自由のための、労働者農民の政府のための、人民革命』のスローガンでなければならぬ。
(『現代史資料14 社会主義運動1』による)
三二年テーゼ
さんじゅうにねんてーぜ
1932年(昭和7)に決定されたコミンテルンの日本に関する方針書。正式表題は「日本の情勢と日本共産党の任務に関する方針書(テーゼ)」。このテーゼ発表以前に日本共産党は、二七年テーゼの戦略的転換である「三一年テーゼ草案」を発表していた。これに対し、日本帝国主義の満州(中国東北)侵略に示された日本の支配勢力の実態から、コミンテルンで再検討が進められ、32年3月コミンテルン執行委員会常任委員会でのクーシネン報告は、同草案を激しく批判し、5月にコミンテルン執行委員会西欧書記局の名前で新テーゼが発表された。その主要な内容は、日本帝国主義の満州侵略に注意し、侵略を主導する日本の支配的制度が、絶対主義的天皇制、半封建的地主制、独占資本主義にあるとし、とくに天皇制の相対的独自性を強調、日本革命は、天皇制を打倒し地主制を廃止するブルジョア民主主義革命から社会主義革命に強行的に転化する、とするものであった。これによって三一年テーゼ草案は廃止され、労農派との思想的区別が明確になった。刊行中の『日本資本主義発達史講座』はこのテーゼの内容と基本的に一致し、テーゼの正しさを実証するものとなった。テーゼは日本の国家権力に科学的規定を与えた画期的なものであったが、当時のコミンテルンの方針を反映して、社会ファシズム論のセクト主義や、革命情勢近しとする主観主義的判断があったと今日、日本共産党によって自己批判されている点も含まれていた。
[犬丸義一]
『日本共産党中央委員会出版局編・刊『日本共産党の六十年』(1982)』