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三谷三九郎 みたに さんくろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三谷三九郎 みたに-さんくろう

江戸時代の豪商。
明暦(1655-58)ごろからつづいた江戸の両替商三谷家の世襲名。米沢,会津(あいづ)などの東北諸藩に大名貸しをおこない,大坂の鴻池(こうのいけ)家とならび称された。寛政の改革のときは幕府の勘定所御用達(ごようたし)頭取をつとめた。維新後陸軍省の官金をあつかっていたが,投機の失敗により明治8年破産(三谷三九郎事件)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

三谷三九郎

江戸時代の豪商の歴代名。初めは木綿商いなどをしていたらしいが,明暦3(1657)年以前にはすでに本両替として大坂の鴻池と並び称される金融界の一方の雄であった。江戸時代中期以降,米沢,秋田,会津など東北諸藩への大名貸を行い,またこれら諸藩の特産物の江戸での独占販売を請け負うなど藩財政に深くかかわって発展。米沢藩で,三九郎に家中13家の中に入る700石の扶持を与えていることなどからも,関係の深さがうかがい知れる。幕府の寛政改革に際しても,天明8(1788)年(一部は翌年)任命された勘定所御用達10人の頭取として活躍。明治に入って陸軍省の仕事などをする。投機に失敗,明治8(1875)年破産した。<参考文献>竹内誠「寛政改革と勘定所御用達の成立」下(『日本歴史』129号)

(竹内誠)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

みたにさんくろう【三谷三九郎】

江戸で明暦年間(1655‐58)以前から続いた本両替商の名。とくに米沢,秋田,会津など東北諸藩への大名貸を行い,大坂の鴻池と並び称された。米沢藩では三谷に禄高700石の待遇を与え,金融面だけでなく上杉鷹山(ようざん)の殖産興業政策に深くかかわり,蠟,青苧(あおそ),絹織物の一手販売まで行わせていた。会津藩でも天明・寛政(1781‐1801)の改革は三谷だけの資金調達で実施されており,1800年(寛政12)には藩の三谷からの借金は10万8000両に及んだという。

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世界大百科事典内の三谷三九郎の言及

【御用達】より

…また幕府・諸藩は財政が困窮化するに伴い,しばしば彼らに御用金を課すなど財政的に依存することが多くなり,御用達のなかには幕府や諸藩の財政政策に深く関与する者も現れた。大名貸で活躍した大坂の鴻池善右衛門と江戸の三谷三九郎は,東西を代表する御用達と称された。寛政改革の際,江戸の豪商10名が幕府の勘定所御用達に登用されたが,彼らの財力と商業的手腕は以後の幕府経済政策に重要な役割を果たした。…

※「三谷三九郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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