上魚屋町(読み)かみうおやまち

日本歴史地名大系 「上魚屋町」の解説

上魚屋町
かみうおやまち

[現在地名]彦根市本町(ほんまち)二―三丁目

京橋(きようばし)通に面し、下本町の南にある。下魚屋町と併せ内町四町の一つ。元禄八年大洞弁天寄進帳に上之魚屋町とみえ、軒数九二のうち借家五三、男二二一・女一九六(ほか下人九一)、諸職諸商は二五種七〇軒で、肴屋が三九と多く、ほか酒屋・豆腐屋・茶屋・八百屋・醤油屋・菓子屋・紺屋・紙屋・刻屋・大工・馬医・町飛脚・両替屋など、町年寄は酒屋の西島、町横目は肴屋松原が勤めた。


上魚屋町
かみうおやちよう

[現在地名]福山市城見(しろみ)町一―二丁目

福山城の東の外堀端および東へ延びる通りに面する両側町。北は本(ほん)町、東は府中(ふちゆう)町、南は桶屋(おけや)町・米屋(こめや)町の町筋に続く。開城当時、浜(はま)川(入江)を通じて船が外堀まで入ることができ、当町の堀端につながれたため魚河岸となり、魚棚が形成された。


上魚屋町
かみうおやまち

[現在地名]東区安土(あづち)町一―二丁目

安土町一丁目の西に続く両側町で、一丁目筋より堺(さかい)筋まで。「上」は「うえ」ともよんだ(天保町鑑)。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図に町名がみえるが、古くは安土町二丁目・魚屋町の二町で、両町が合体して成立した(初発言上候帳面写)。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三一・役数四九役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む