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中山城 なかやまじょう

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日本の城がわかる事典の解説

なかやまじょう【中山城】

山形県上山市中山の天守山(標高344m、比高約90m)にあった戦国時代の山城(やまじろ)。当時、置賜(おきたま)地方は伊達氏の領地で、中山は伊達氏が本拠としていた米沢から上山に向かう途中にあり、伊達輝宗(伊達政宗の父)が山形の最上氏に対する防衛拠点として家臣の中山弥太郎に命じて築かせた城で、最上氏と伊達氏は同城周辺で激しい戦いを繰り返した。16世紀末の豊臣秀吉による奥州仕置で伊達氏が旧大崎・葛西領に国替えとなると、蒲生氏が米沢領を領有することになり、蒲生郷可が中山城に入城した。1598年(慶長3)、置賜地方が上杉領となると上杉景勝の部将横田旨俊が城代として入城した。1600年(慶長5)、北の関ヶ原の戦いともいえる奥州出羽合戦の際、西軍の上杉家家老の直江兼続(かねつぐ)は2万の兵を擁して、東軍の最上領に攻め込んだが、その際、中山城はこの方面の侵攻の拠点となった。横田旨俊は長谷堂城(山形市)を攻める本隊の別働隊として上山城を攻めたが、上山城主の里見民部率いる最上方の巧みな抗戦により本隊との合流を果たせず、長谷堂城攻めの帰趨に大きな影響を与えたといわれる。中山城は、本丸、二の丸三の丸が階段状に配され、本丸には石垣が組まれ、天守台が設けられていた。この天守台や石垣は蒲生氏がつくりあげたものではないかといわれている。江戸時代には、中山城は上杉氏の米沢藩の御役屋(支城)となった。米沢藩は天守山の下に御役屋を建設し、御役屋将率いる足軽を配して藩境を守る拠点とした。御役屋跡には中山小学校が建てられたが1997年(平成9)に移転した。城跡には石垣や空堀の跡が残っている。JR奥羽本線羽前中山駅から徒歩。

出典|講談社
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