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中村粂太郎 なかむら・くめたろう

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朝日日本歴史人物事典の解説

中村粂太郎

没年:安永6.7.15(1777.8.17)
生年:享保9(1724)
江戸中期の歌舞伎役者。俳名鯉長。屋号丹波屋中村吉三郎の子。初め子供芝居に出ていたが,享保20(1735)年京都都万太夫座で大芝居の初舞台を踏む。元文4(1739)年若女形となり,また座本を兼ねる。寛延1(1748)年から宝暦5(1755)年まで江戸の舞台を勤め,好評であった。同6年以降は大坂と京都の舞台を交互に勤めた。安永3(1774)年出家して京都に閑居し,海印と号した。小柄だが容姿美しく,品格があった。姫,傾城を得意とし,また所作事をよくした。書,画,俳諧にすぐれ,毎年夏になると女性が扇に発句を書いてもらいたがったという。粂太郎の名跡は,幕末の3代目まで続き,いずれも若女形をよくした。<参考文献>『歌舞伎評判記集成』1・2期,『古今役者大全』(『日本庶民文化史料集成』6巻)

(加藤敦子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

なかむらくめたろう【中村粂太郎】

歌舞伎俳優。3世まであるが,初世が有名。久米太郎とも書く。(1)初世(1724‐77∥享保9‐安永6) 2世嵐三右衛門の弟子の嵐門十郎の子。京都生れ。俳名鯉長。色子から1735年(享保20)京都で初舞台。成人して若女方となる。48年(寛延1)江戸に下り,7年間滞在し,上方式所作事で名を上げた。京坂に帰ってからは若女方として声望を高め,惣巻軸白大上上吉にまで進んだ。所作事の名人といわれ,娘方,傾城をよくした。

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