コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

中根雪江 なかねゆきえ

7件 の用語解説(中根雪江の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中根雪江
なかねゆきえ

[生]文化4(1807).7. 越前
[没]1877.10. 福井
江戸時代末期の越前藩士。名は師質。通称は靭負 (ゆきえ) ,のち雪江。晩年は松陰漁翁と号した。天保1 (1830) 年家禄 700石を継承,江戸で国学を学んだ。同9年田安慶永が越前松平家を継ぎ,やがて守旧派重臣を排して進歩派重臣に藩政を担当させると,中根もその一人として執政に挙用され,在職 21年にわたって藩政改革はもとより,藩主を補佐して一橋慶喜擁立,公武合体の運動を推進した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

中根雪江【なかねゆきえ】

幕末越前(えちぜん)福井藩士(参政)。名は師質,通称靭負(ゆきえ)のち雪江。〈なかねせっこう〉とも。中根衆諧(700石)の長男。江戸で平田篤胤に学ぶ。藩主松平慶永(よしなが)に抜擢(ばってき)されて参政となり,その腹心として一橋慶喜擁立や公武合体運動に挺身(ていしん)。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中根雪江 なかね-ゆきえ

なかね-せっこう

中根雪江 なかね-せっこう

1807-1877 江戸後期-明治時代の武士。
文化4年7月1日生まれ。越前(えちぜん)福井藩主松平慶永(よしなが)につかえ,17年間側用人(そばようにん)をつとめる。将軍継嗣問題や公武合体運動で活躍した。明治新政府では参与。著作「昨夢紀事」「丁卯(ていぼう)日記」などは維新史の貴重な史料である。明治10年10月3日死去。71歳。名は師質(もろかた)。通称は靱負(ゆきえ)。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中根雪江

没年:明治10.10.3(1877)
生年:文化4.7.3(1807.8.6)
幕末の福井藩士。靫負とも称す。衆諧の長男。主君松平慶永の股肱の臣として,軍制・財政の改革をはじめとする藩政改革を推進する一方で,諸侯会議など中央政界での慶永の活躍を支え,幕閣や諸藩との交渉に当たる。王政復古直後の慶応3(1867)年,徴士参与となる。平田篤胤の門に入り国学を奉じたが,政治的には公武合体を旨とした。『昨夢紀事』『再夢紀事』『奉答紀事』など修史活動にみるべきものがある。性は「疎宕爽快」と評され,細事にこだわらず,終生慶永に忠誠を尽くし,滅私奉公を実践した。<参考文献>『中根雪江先生』

(高木不二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

なかねゆきえ【中根雪江】

1807‐77(文化4‐明治10)
幕末・維新期の福井藩の志士。名は師質,通称靱負,のち雪江。平田派国学の影響下で尊王思想を唱え,藩主松平慶永に抜擢(ばつてき)され参政となる。慶永の片腕として藩政改革,一橋慶喜の擁立,公武合体運動を推進した。維新後は新政府参与,内国事務局判事を務めた。著書に《昨夢紀事》《再夢紀事》《丁卯日記》《戊辰日記》等があり,いずれも幕末・維新期の裏面を探る史料として重要である。【桂島 宣弘】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

なかねゆきえ【中根雪江】

1807~1877) 幕末の福井藩士。名は師質。通称、靭負。松平慶永よしながの片腕として、一橋慶喜の擁立、公武合体運動に奔走。維新政府では参与などをつとめたが、まもなく帰郷。著「昨夢紀事」「再夢紀事」「戊辰ぼしん日記」などは明治維新の重要資料。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

中根雪江の関連キーワード松平茂昭靫負部靫負の命婦青木竜峰浅井常次郎岡部長勝野森之介河崎致高堤正誼牧野幹

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone

中根雪江の関連情報