二宮忠八(読み)にのみやちゅうはち

  • 1866―1936
  • 二宮忠八 にのみや-ちゅうはち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]慶応2(1866).6.9. 伊予八幡浜
[没]1936.4.9. 京都
日本における飛行機開発の先覚者。 1890年軍隊にあって,ゴム紐でプロペラを回転する模型飛行機を完成し,94年軍用に供せられたい旨の上申書を政府に出したが,却下された。アメリカのライト兄弟発明に先立つこと約 10年前であった。 98年に現役を辞し,製薬会社に入り,民間にあって研究を続けようとしたが,まもなくヨーロッパで飛行機が実用化されたので,研究は中絶した。 1926年帝国飛行協会総裁より有功章を受けた。

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百科事典マイペディアの解説

飛行機研究家。愛媛県出身。1889年(明治22年)兵役中にカラスの飛行にヒントを得て,カラス形の模型飛行機を製作,飛行に成功。次いで各種の模型により飛行の可能性を確信し,当局に兵器としての開発を上申したが不採用となり,自力で開発を進めた。ライト兄弟の飛行成功のためを絶ったが,功労者として顕彰され,製薬業で成功した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1866-1936 明治-大正時代の発明家。
慶応2年6月9日生まれ。陸軍で演習中,カラスがとぶのをみて飛行機の研究をおもいたち,ゴム動力の模型を試作。明治27年軍に飛行機製作を上申したが却下される。除隊後,実業界で成功。36年ライト兄弟の飛行成功を知り,研究を断念した。昭和11年4月8日死去。71歳。伊予(いよ)(愛媛県)出身。

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大辞林 第三版の解説

1866~1936 日本で最初に飛行機を試作した人。愛媛県生まれ。ゴム動力の飛行機模型を製作。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飛行機の先駆的研究者。伊予国宇和郡矢野町(愛媛県八幡浜市)の人。丸亀(まるがめ)の歩兵第十二連隊に看護卒として入営、1889年(明治22)の演習中に鳥の飛ぶのを見て飛行機の研究を志し、ゴム動力による紙製模型飛行機などを試作。日清(にっしん)戦争に従軍中、飛行機の設計図をつけて飛行機研究の重要性を述べた上申書を再三提出したが却下された。そこで独力で発明を完成させるため除隊し製薬会社に入社、やがて自ら製薬会社を設立して社長となり研究を続けたが、1903年のライト兄弟の飛行成功を知り、また自動車事故で重傷を負ったことなどがあり、研究を断念した。1915年(大正4)京都府八幡(やわた)町(現、八幡市)に飛行神社を造営、航空殉難者の霊を祀(まつ)った。1925年、飛行機の考案に対し逓信(ていしん)大臣から表彰を受けた。[菊池俊彦]
『日本航空協会編・刊『日本航空史(明治・大正篇)』(1956) ▽徳川好敏著『日本航空事始』(1964・出版協同社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

発明家。愛媛県出身。ゴム動力による飛行機を試作、航空界の先駆者となった。慶応二~昭和一一年(一八六六‐一九三六

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