死者と生者あるいは死者どうしの婚姻。多くは未婚のままか後継者なしで死んだ者のために,財産相続や祖先祭祀が途絶えることのないように行われる。アフリカの牧畜民ヌエル族では,男子はみな自分の財産の持分を得,結婚して新しいリネージを創設する権利をもっている。しかし,男があとつぎを持つ前に死んだ場合,その近親者の一人が,共有財産のなかから花嫁代償を支払って,死者の名義で妻を迎える。生まれた子は,この同棲者ではなく死者の子としての権利・義務をもつ。旧中国でも死後婚は〈冥婚〉と称され,さまざまな形で行われていた。夭折者どうし,あるいは婚約者が死亡して残された女子がそのまま彼の家に嫁入りする場合もあるが,最も盛んなのは未婚女子の霊を嫁入りさせる〈嫁殤(かしよう)〉ないし〈娶鬼妻〉である。女子の霊は生家でまつることが許されないので,娘への愛惜の念にかられた親や,夢や家人の病気などによって娘の霊が結婚を望んでいることを知った家族は,適当な男子を探し,礼金や土地を与えて死んだ娘との結婚を承諾させる。貧乏な男はこの金で新たに生きた妻を迎える場合もある。死者との婚礼も,ふつうの手順にならって婚約を結び,吉日を選んで新郎が死んだ娘の家に位牌を迎えに行き,花嫁用の轎(きよう)にのせ自分の家に連れて帰る。そして寝室に3日安置したあと祖先の位牌といっしょにする。この後,女の位牌は夫の子によりまつりつがれてゆく。韓国では若死にした男女の人形または位牌を本人に見たて,巫者の指導のもとに花嫁・花婿の衣装を着せ,交拝礼,床入り,祝宴に至るまで,生者どうしの結婚式と同様の段取りをふむ演出が行われる。
日本でも沖縄では,離婚したのち生家で死んだ女性の霊が先夫と同じ墓に入ることを望んでいるとされたときには,復縁のための一種の結婚式を挙げ,遺骨を先夫の墓に納める。東北地方ではイタコが未婚者の怨念をなだめるため,その意中の相手の霊を探して結婚させることがあると報告されているが,どこまで習俗として定着しているかは明らかでない。このように,アフリカでは亡霊婚がおもに財産相続と結びついているのに対し,東アジアでは未婚の夭折者がこの世に恨みを残さぬよう鎮魂をおもな目的とし,シャーマンが関与して行われることが多い。
→レビレート
執筆者:末成 道男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
婚姻形態の一種で、男子の後継者も、それを生んでくれる妻も残さずに男が死んだ場合、彼の兄弟や近親者が、死んだ男の名前で妻をめとること。西アフリカ、南スーダンの牧畜民ヌエルなどが有名であるが、アジアにもみられる。その結婚から生まれた子供の社会的父親は、死者の亡霊だと考えられており、死者の子としての権利・義務をもつ。
[加藤 泰]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…つまり,これらの同性者間の結婚においては,性的要素はまったく含まれておらず,財産ないし地位の相続,継承の道筋をつけるために行われている。さらに,〈夫〉や〈妻〉が子どもの場合の幼児婚や,生者でなく死者の場合,つまり亡霊婚がアフリカや東アジアで報告されている。これらも,相続・継承者を得たり,あるいは死後の祭祀を確実にし,死者の霊を満足させるために行われる。…
…この意味において母系社会における社会学的父は母方オジであって,生物学的父とずれを見せる。またアフリカ東部のヌア族の間で行われている亡霊婚は両者のずれを示すもう一つの好例である。ヌアでは結婚後子どもをつくらずに死亡した男がいた場合,その妻が死んだ夫の弟と性交渉をもって子どもをつくる。…
…この場合新たな結婚式をあげず,“死者と結婚している”ことになっている兄の妻と同棲し,生まれてくる子も亡兄の子として扱われる。これに類縁の形態として亡霊婚がある。これは未婚の死者の親族が死者の名義で結婚し,死者の後継ぎを得るもので,弟が亡兄の名義で結婚した場合には,レビレートの極端な形態とみなすこともできる。…
※「亡霊婚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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