特定の個別的な行為や一般的な行為を行うべきであるとして人に課し,人を拘束する,習俗,法律,とくに道徳の規範をいう。心理的には義務の意識として,また言語表現としては命法や〈べきである〉を含む義務命題,原則によって規定される。義務行為の種類としては古来,立場によって異なる多様なものが考えられてきた。また,義務的規範の正当化の根拠も伝統的にさまざまであったが,キリスト教的伝統の強い西欧,とくに中世では,キリスト教の徳目,教条がそのまま義務行為の根拠と考えられてきた。しかし,近世に至って,神学的背景にとらわれず,自然法に義務の根拠を求める傾向や,道徳的義務はそれ自体の自律性を有することを主張する立場が顕著となる。
道徳的理論として義務の自律的正当化を行おうとする立場には古来,二つの対照的な傾向が看取される。一つは,義務をそれ独自の,他に還元されえない規範と考える義務論deontologyの立場で,もう一つは,行為の義務をそれが実現する結果,目的のよさによって決定され,目的への手段であるとみる目的論teleologyの見地である。後者は結果の内容とそれがだれに向けられるかによって,さらに快楽主義,利己(他)主義,功利主義等に分かれる。カントには前者の傾向が著しいばかりか,彼はまた単なる法的義務への外面的一致に過ぎない合法性と,義務の意識と道徳法則への尊敬に発する道徳性とを峻別した。なお,義務論には,個別的状況での義務行為の決断や義務判断はつねに個別的で規則を不必要とするとみる行動義務論と,規則を不可欠とする規則義務論の立場が分かれる。また,倫理学の部門としても,行為の義務とその研究に関する分野を広義の〈義務論〉といい,行為の主体である人間の性格や徳とその研究を中心とする分野を〈徳論〉というが,前者を重んずる立場は,ギリシア倫理学のように後者を重視する見地と対照される。
執筆者:杖下 隆英
法的義務は,道徳的義務と異なり,法規範によってつくり出される拘束を意味しており,法規範によって付与される法的権利と対応している。道徳的義務は個人の内心において義務なるがゆえに遂行されるべきものであるが,法的義務はある行為の外形が法規範のつくり出す拘束に従うべきものである。例えば,慈愛の精神をもつことは道徳的義務であるが,慈愛自体は法的義務ではない。また出生の届出は法的義務ではあっても,道徳的義務であるわけではない。もっとも,人を殺さないことのように道徳的義務と法的義務とがほぼ一致する場合もありうる。法的義務と法的権利とは,ふつう同一の法律関係の表裏をなすと考えられている(たとえば売買契約における買主の代金支払義務と売主の代金請求権)。しかし,法的権利は存在しないのに法的義務だけが存在するという場合もある。例えば,出生届出義務,自動車の運転者および使用者の義務(道路交通法64条以下)等は,それに対応する権利は認められない。この点にかんがみれば,法的義務と法的権利とはおのおの独立の存在意義をもつとも考えられ,少なくとも,法的義務は法的権利よりも広い内容概念であるともいえる。法は権利本位にではなく義務本位に構成されるべきであると主張したデュギーのような学者もいて,近代法の下では,〈私的自治の原則〉に現れているように,個人の権利が基本とされているが,この法的義務の基本的性格を社会連帯の精神によって説明する。なお,法的義務としばしば混用される概念に法的責任があるが,責任とは法律的な制裁や不利益を負わされるべき地位であり,連帯債務や保証債務の場合のように,責任を負う者と義務者とは異なることがある。
→権利
執筆者:長谷川 晃
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
規範により人の内心ないし行動に課せられる一定の拘束のこと。その根拠となる権威の性質と強制の態様とにより多くの種類に分かれる。
宗教的義務は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などでは、唯一絶対の特定の神が信仰の証(あかし)として課するもので、強制は内心に厳しく加えられるが行動にも及ぶ。しかし仏教その他とくに日本の神道では、権威は多元的で、強制は不定な傾向にある。
道徳的、倫理的義務は、純粋な形ではもっぱら内心に課せられる当為の命令であり、権威は良心に由来し、強制は外面には加えられない。カントが、実践理性が定立した至上命令を当為として人が自ら実践すべきもの、と理論化したのがその典型である。しかし社会道徳となると、人の常識や世の慣例なども権威として働き、人の目や世間の評判さえも強制力を帯びるので、その意味の外面的強制はある。
社会的義務は、人が社会で占める地位に応じて役割を果たすべき社会的責任である。その権威は、身分的、地域的、職能的、自発的など多様な組織、集団、階層、階級などの継続的社会関係、あるいはさまざまの接触、交換、協同その他の非継続的な相互作用に淵源(えんげん)し、その履行は、前の場合は社会関係の代表者、あとの場合は義務に対応する資格をもつ特定の相手方を通して要求される。その強制は、外面の行動に向けられるが、規範が内面化しているのに応じて内心にも及ぶ。
法的義務は、近代国家において形式的には、政治的権威が組織的強制力をもって制定、承認するものであるが、実体的には、前述の社会的責任が義務、そして社会的資格が権利として特殊な相互的対応関係のなかで限定されたものである。その特色は、正統の権威に基づくこと、権力による強制的なサンクションで保障されていること、および人に不利を強制するものであるからその内容、条件が法体系のなかで厳密に規定されていることにある。
[千葉正士]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…個々の人間は,とりわけ良心の責めという現象において,おのれ自身の行為や人格の善悪の区別を体験する。あらゆる諸民族の文化生活において,道徳的命法,行為規範,道徳的価値規準などが存在し,それらにしたがって,ある種の行為は称賛すべきものとして是認され,あるいは義務として命じられ,他の種の行為は非難すべきものとして否認され禁止される,ないしは,人間自身とその態度や言動が端的に善あるいは悪として評価される。その種の事柄について,それを単に事実として記述し分析する種々の社会科学(たとえば,文化史,文化人類学,社会学など)とか,その種の価値評価の成立を心理的に説明する道徳心理学とかとは異なり,倫理学としての道徳哲学は,道徳現象の究極的な根拠を問い,道徳の形而上学に到達しようとする。…
…倫理学は倫理に関する学である(〈倫理〉〈倫理学〉の語義については〈道徳〉の項を参照されたい)。それは古代ギリシア以来歴史の古い学であり,最初の倫理学書といえるアリストテレスの《ニコマコス倫理学》と,近代におけるカントの倫理学とによって,ある意味では倫理学の大筋は尽くされているといえなくもないし,また倫理学の長い歴史を踏まえて,その主題とされている事柄,たとえば善,義務,徳などについて,一般に認められている考え方を述べることは可能である。だが他面,倫理学についてその学としての可能性を否認する立場もありうるし,そうでなくても,それぞれの倫理学者の立場によって,その倫理学の概念が異なっているのは,ある程度まで必然的なことである。…
※「義務」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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