日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通安全対策」の意味・わかりやすい解説
交通安全対策
こうつうあんぜんたいさく
交通の安全性を確保し、国民の生命・財産を守る、運輸行政におけるもっとも重要な課題の一つ。ここでは主として道路交通の安全対策について述べる。
[松尾光芳]
交通安全推進体制の仕組み
国レベルには、中央交通安全対策会議(旧総理府)と交通安全対策室(旧総務庁)が設置されていたが、2001年(平成13)の省庁再編を機に、内閣府の中央交通安全対策会議に一本化された。同会議は、交通安全基本計画の策定、その他総合的な施策の企画・審議・実施の推進にあたっている。また、地方公共団体レベルでは、都道府県・市町村交通安全対策会議と都道府県・市町村交通対策協議会などが設置されている。
[松尾光芳]
交通安全計画の策定
交通安全基本計画は、交通の安全性の確保についての総合的かつ長期的な施策の大綱を決め、これを基礎に各種の施策が推進される。基本計画は、交通安全対策基本法(昭和45年法律第110号)第22条により、中央交通安全対策会議(内閣府)が作成する。第一次基本計画(1971~1975年度)以降、5年ごとに見直しが行われ、2011~2015年度は第九次基本計画が実施されている。歴代の基本計画では、自動車利用の増加、鉄軌道・海上および航空交通の高速化・大型化の進展という条件のもとで、自動車事故の増加傾向の抑止、他の交通部門での重大事故の防止のために、交通の各部門の特殊性に対応する国および地方公共団体がなすべき施策の基本方針が示されてきた。なお、基本計画に準拠して、各指定行政機関や地方公共団体は、(1)交通安全業務計画、(2)都道府県交通安全計画、(3)都道府県交通安全実施計画などを策定することになっている。
[松尾光芳・藤井秀登]
交通安全対策の実施状況
政府は深刻化する交通事故の防止を図るため、数次にわたる総合的な交通安全対策をたて、また交通安全対策基本法施行後は、中央交通安全対策会議において、交通安全基本計画の策定のほか、重要施策の実施を推進してきている。第九次交通安全基本計画の場合、重点施策は次のとおりである。
(1)生活道路等における人優先の安全・安心な歩行空間の整備 地域との連携を図りながら、生活道路、通学路、市街地の幹線道路における歩道を積極的に整備し、交通安全対策、高齢者や障害者などの安全に資する歩行区間の整備、無電信柱化を推進する。
(2)幹線道路における交通安全対策の推進 交通事故対策への投資効率をできるだけ向上させるため、選択と集中、市民参加を実施する。また、高規格幹線道路から生活道路までの体系化、異種交通機関との連携強化に向けた道路整備、および一般道路よりも安全性の高い高規格幹線道路の利用を促進する。
(3)交通安全施設等整備事業の推進 都道府県公安委員会と道路管理者が、社会資本整備重点計画(2009年3月閣議決定)に依拠し、連携して交通事故の実態調査と分析を行う。その結果に基づき、道路交通環境を改善し、交通事故の防止と交通の円滑化を図る。
(4)効果的な交通規制の推進 道路ネットワーク全体における各道路の社会的機能、道路構造、交通安全施設の整備状況、交通流・量の状況といった地域の実態に応じて、既存の交通規制の内容を見直す。また、都道府県公安委員会が実施する交通規制情報のデーターベース化を推進する。
(5)自転車利用環境の総合的整備 安全で快適な自転車利用環境の創出、路外・路上における駐輪場の整備、バリアフリー法に基づく生活道路における違法駐輪などの取り締まり強化の実施、余暇での自転車利用増大に対応した大規模な自転車道整備を行う。
(6)高度道路交通システムの活用 最先端のITを活用して、人間と道路と自動車を一つのシステムとして構築し、安全性、輸送効率性、快適性を向上する。高度道路交通システム(ITS)による渋滞の緩和を通じて、環境を保全する。
(7)交通需要マネジメントの推進 パーク・アンド・ライド(住宅から駅まではマイカー、駅からは公共交通機関を利用)、情報提供、相乗り、時差通勤・通学などの導入促進を通じて道路の高度利用を促進し、輸送効率の向上と交通量の時間的、空間的な平準化を図る交通需要マネジメントおよびその広報・啓蒙活動に努める。
(8)災害に備えた道路交通環境の整備 災害発生時でも安全・安心な生活を支える道路交通を確保する。緊急交通路を確保し、混乱を最小限に抑えるため、交通規制を迅速・的確に実施する。さらに、道路の被災状況や通行状況を迅速かつ的確に収集、分析し、道路利用者にそれを提供する。
(9)総合的な駐車対策の推進 安全で円滑な道路交通、都市機能の維持・増進を目的に、交通の状況や地域の特性に応じた総合的な駐車対策を推進する。
(10)道路交通情報の充実 ITなどを活用して運転者に正確できめ細かい道路交通情報を提供する。主な幹線道路の交差点、その付近においてルート番号などによる案内標識の設置を推進する。さらに地図の多言語表記の実施などで国際化への対応を図る。
(11)交通安全に寄与する道路交通環境の整備 適正な道路の使用と占有、休憩施設などの整備、子供の遊び場などの確保、道路の保存、危険回避のため道路法に基づく通行の禁止や制限、地域の気象や路面状況などに応じた安全の確保を実施する。
[藤井秀登]
問題点
交通事故について、政府や警察当局はこれまで、運転者の不注意・過失や歩行者の交通道徳を守らない点に原因を求めてきた。そのため、運転者から「過剰」と評される取締りや刑罰の強化など、さらにいわゆる交通キップ制による事故処理の合理化などが実施されてきた。こうした対策の成果はまったく否定はできないが、歩車分離や交通安全施設の充実、自動車自体の改善対策、動力性能の変遷に応じた免許制度の見直し、さらに自動車交通そのものを制限することが焦眉(しょうび)の問題である。
[松尾光芳]
『総理府交通安全対策室監修『80年代交通安全対策のビジョン』(1980・ぎょうせい)』▽『佐藤武監修『自動車工学全書16 自動車の安全』(1980・山海堂)』▽『内閣府編『交通安全白書』各年版(財務省印刷局)』▽『交通遺児学生の会編『地球はそもそも歩行者天国』(1985・日本消費者連盟)』▽『長山泰久著『人間と交通社会』(1989・幻想社)』▽『交通安全事業研究会編『交通安全事業必携』(1994・ぎょうせい)』▽『澤喜司郎著『交通安全論概説』(1997・成山堂書店)』▽『大阪交通科学研究会編『交通安全学』(2000・企業開発センター交通問題研究室)』