改訂新版 世界大百科事典 「人工弁」の意味・わかりやすい解説
人工弁 (じんこうべん)
artificial valve
心臓の弁の機能が低下したときに代用される人工の弁。心臓には4個の弁(三尖弁,肺動脈弁,僧帽弁,大動脈弁)があり,弁構造がこわれてその機能が著しく低下した場合,これを修復するか,もしくは修復が不能であれば人工弁と取り替えなければならない。人工弁がはじめてヒトに使用されたのは,1952年アメリカのハフナーゲルC.A.Hufnagelが考案したもので,大動脈弁閉鎖不全症患者の下行大動脈に挿入された。以来今日まで幾多の改良が加えられ,現在多数の人工弁が使用されているが,大きく分けると機械弁と生体弁に分けられる。
(1)機械弁 ボール弁,ディスク弁,傾斜型ディスク弁,二葉弁などがあり,とくにスター型ボール弁は60年に臨床使用が始められてから今日まで広く使用されてきた。構造が簡単で耐久力も優れているが,血流が生理的な状態とまったく異なり,血栓ができやすいのが欠点である。傾斜型ディスク弁は,機械弁のなかでは今日最も広く使用されており,構造はやや複雑であるが,血流は弁の中央部を流れるため比較的生理的状態に近く,血栓の発現頻度も低い。また最近は2枚の半月型可動盤をもつ弁も開発されている。機械弁は,その機構,材質について70年代に急速な改良が加えられ,現在は材料としてチタニウム,カーボンなどが主として用いられており,その機構,安全性に著しい発展がみられた。
(2)生体弁 機構の点からみると生理的であり,血栓の形成もまれで,無処理の同種新鮮弁,薬剤で処理した同種弁,異種弁(ブタ,ウシなどの弁)が使用されてきた。同種弁(死体から採取する)は,適当な大きさの弁を十分量入手することが困難であり,また移植による免疫的拒絶反応も無視できず,しだいに使われなくなった。代わって,グルタールアルデヒド液で処理したブタ弁を支柱に縫着したもの,ウシの心囊膜を薬剤で処理して3弁に形成加工したものなどが用いられ,各種の大きさの弁がいつでも入手でき,血流も生理的で弁の動きもよく,血栓が形成されにくいため,広く利用されてきた。ただ耐久力が心配され,使用して10年前後で,生体組織の変性から裂ける例(primary tissue failure)が多く,今後の課題として残されている。いずれにしても,今日使用されている人工弁は理想的とはいえないまでも,十分実用に耐える域に達している。
執筆者:長谷川 嗣夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報