仙境説話(読み)せんきょうせつわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「仙境説話」の意味・わかりやすい解説

仙境説話
せんきょうせつわ

人間が不思議な別世界を訪問することを主題にした一群説話。人間の世界とは別に、超人間的な神秘的な世界があるとする宗教観念に基づく説話で、その別世界を仙境とよぶ。中国では道教的な神仙思想とも関連して、古くから仙境説話が発達している。古くは晋(しん)代の文献にまでさかのぼる。晋の虞喜(ごき)の『虞喜志林』にもみえる。信安山(しんあんざん)に石室がある。王質がその中に入ってみると、2人の童子が棋(き)をさしている。対局がまだ終わらないのに、見ると自分が薪を切るために持ってきた斧(おの)の柄(え)が腐っている。すぐに村へ帰るが、すでに村はなくなっている。

 仙境では、人間の世界と比べて、時間の経過が非常に遅いことが説かれていることが多く、その証拠として、訪ねて行った人物の持ち物に変化が起こっているとする例も少なくない。「桃源境説話」のように、仙境に古い時代の世界がそのまま残っていると伝える例もある。これは仙境を不老不死の世界であるとする観念にも通じる。中国では『太平広記』に引く『神仙感遇伝』にも類話がある。南朝宋(そう)代の449年のこと、猪(いのしし)が実った穀物を食い荒らしているのを見た広文通が石弓で射る。血を流しながら逃げる猪の跡をつけると、穴の中に入っている。穴を抜けると、あたりは開け、家が数百戸ある。前漢の文帝のころの河上公(かじょうこう)たちであるという。帰ろうとすると石弓が朽ち果てている。すでに12年たっていた。これは『古事記』『日本書紀』の神話の「失(な)くした釣り針」の類話でもある。朝鮮には、一つのことに熱中することを例えて、「神仙の遊びに斧(おの)の柄の腐るのも知らず」という諺(ことわざ)があり、『虞喜志林』の話と同系統の話が広く知られている。仙境を訪れる話はほかにも多く、朝鮮では、中国の道教の神仙思想の影響が強い。

 日本では、仙境は竜宮という形をとって語られることが多い。「浦島太郎」はその典型的な例で、『御伽(おとぎ)草子』の「浦島太郎」では、竜宮城で過ごした3年が700年であったとあり、その年齢が「玉手箱」の中に込められていたとする。「失くした釣り針」で、訪れる仙境が日本の神話では海中の海神(わたつみ)の宮であるのも、日本の仙境観がよく現れている。ただ、山の中の不思議な世界を訪れたという話は日本にもある。柳田国男(やなぎたくにお)の『遠野物語』には、山の中にりっぱな家があり、そこの家から膳椀(ぜんわん)の類を持ってくると長者になるという伝えがみえている。

 不思議な島で過ごした短い時間が現実には長い時間であったという話は、北海道のアイヌにもある。魚取りの船が嵐(あらし)で流され、島に漂着する。一晩過ごし、島人に送られて村に帰ると、1年たっている。その島は鮭(さけ)の国であったという。台湾の高砂族にも、島に漂着し、10年後に村に帰ると、だれも知った人がいないほど年数がたっていたという話がある。

 類話は、アジアではインドのほかシベリアの先住民にもあり、北アメリカエスキモーにも分布している。ヨーロッパでは、仙境説話はほぼ全域に知られている。イギリスには、12世紀後半の文献にみえる神話的な王ヘルラの物語がある。ヘルラが山の中の洞窟小人の国を訪ね、3日間だと思ったのは、200年を超える期間であったという。アービングの作品『リップ・バン・ウィンクル』のように、不思議な土地で何百年も眠り続けるという話も、ヨーロッパには多い。この類話は北アメリカの先住民(アメリカ・インディアン)にも広く分布している。

[小島瓔

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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