小説家。愛媛県松山市生まれ。松山北高等学校から東京外国語大学中国語学科に入学。1962年(昭和37)朝日新聞社に入社。秋田支局での2年半の勤務後は一貫して外報部記者として活躍、サイゴン(現ホー・チ・ミン)支局長、上海(シャンハイ)支局長を歴任するが、89年(平成1)に退社、専業作家となる。
1976年処女作『五十万年の死角』で江戸川乱歩賞を受賞。小説を書いてみようと思った動機は、前年、会社の同僚であった日下(くさか)圭介(1940―2006)が『蝶(ちょう)たちは今…』(1975)で乱歩賞を受賞し、大きな刺激を受けたことによる。翻訳ミステリーはよく読んでおり、記事や解説も大量に書いていたが、小説を書くのは生まれて初めてのことだった。仕事の合間に3枚、5枚と書き継ぎ、『五十万年の死角』がようやく完成したのは南北ベトナムの統一選挙を取材するため、羽田空港に向かう日の早朝だったという。
同作は、太平洋戦争開戦と同時に北京(ペキン)の病院から消えた北京原人の化石骨と、それに絡む殺人事件の謎(なぞ)をめぐって、日本の特務機関、中国国民党の謀略組織、中国共産党らが激しい暗闘を繰り広げる歴史・冒険サスペンスである。本格推理小説の登竜門とされていた江戸川乱歩賞を、冒険小説の要素も多々含まれている作品が受賞したのは初めてのことであり、その意味では、伴野は乱歩賞に画期的変革をもたらした一人といえる。
伴野の作品系列を大別するとほぼ3種類に分類できるが、この『五十万年の死角』を筆頭に、初期作品群には近・現代史の事件や謎の裂け目にフィクションを挿入、構築していくタイプのものが多い。元陸軍参謀で参議院議員だった辻政信の失踪(しっそう)事件を扱った『陽(ひ)はメコンに沈む』(1977)、終戦の詔勅を知らない孤島の守備隊を、日本軍の特務工作員が救出に向かう『三十三時間』(1978)、明治政府の期待を担った新造軍艦畝傍(うねび)の失踪事件に材をとった『九頭の龍』(1979)、国民党と共産党の内戦下の中国にあって、蒋介石(しょうかいせき/チヤンチエシー)の財宝をめぐる馬賊の暗躍を描いた『蒋介石の黄金』(1980)、第二次世界大戦開戦前夜の日本で大物スパイが獄中から発した密書と連続殺人の謎を描く『ゾルゲの遺言』(1981)、海軍中佐広瀬武夫がロシアのニコライ2世の暗殺に赴(おもむ)く『必殺者』(1983)など、作者自らフレデリック・フォーサイスの手法を参考にしたという系列の作品群である。これらの作品に共通する特徴は、冒険・謀略小説的な要素をふんだんに盛り込みながらも、その一方で、密室、暗号、ダイイング・メッセージ(ミステリー小説などで、死者が遺した犯人を告発するメッセージ)といった本格ミステリーの趣向も散りばめた重厚なつくりである。
次に、地方支局記者時代の警察回り体験を生かした一連の社会派ミステリーがある。『野獣の罠』(1981)は、東北のブロック紙に籍を置くはみ出し新聞記者が主人公の連作短編集だが、同じ人物が活躍する『傷ついた野獣』(1983)で日本推理作家協会賞を受賞する。こちらの系列はプロットが緻密(ちみつ)で、切れ味の鋭い短編群が主となっている。
第三の系列は、古代から近代にいたるまでの中国史に材を得た壮大な小説である。コロンブスやマジェランの航海に先立つ明(みん)代初期に、インドを経てアラビアまで七度の大遠征を成功させた大提督鄭和(ていわ)の生涯を描いた『大航海』(1984)や、三蔵法師を主人公とした『西域伝』(1987)、呉の立場から三国志を描く『呉・三国志 長江燃ゆ』(2001)などがあり、この系列の作品に比重が移っていった。
[関口苑生]
『『五十万年の死角』『陽はメコンに沈む』(講談社文庫)』▽『『三十三時間』『必殺者――軍神・広瀬中佐の秘密』『大航海』『西域伝――大唐三蔵物語』『呉・三国志 長江燃ゆ』(集英社文庫)』▽『『九頭の龍』『蒋介石の黄金』(徳間文庫)』▽『『ゾルゲの遺言』『野獣の罠』(角川文庫)』▽『『傷ついた野獣』(双葉文庫)』
昭和・平成期の作家
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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