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佐野次郎左衛門 サノジロウザエモン

デジタル大辞泉の解説

さの‐じろうざえもん〔‐ジラウザヱモン〕【佐野次郎左衛門】

江戸中期の下野(しもつけ)佐野の農民享保(1716~1736)のころ、江戸吉原の遊女八橋(やつはし)を恨み、八橋ほか多くの人を斬った。この事件は吉原百人斬りといわれ、歌舞伎化された。特に「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」が有名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐野次郎左衛門 さの-じろうざえもん

?-? 江戸時代中期の農民。
下野(しもつけ)(栃木県)佐野豪農。享保(きょうほう)(1716-36)のころ,江戸吉原の遊女八ツ橋にふられて斬り殺し,その他大勢の人を殺傷した(吉原百人斬り)という。事件は講談,歌舞伎でとりあげられ,歌舞伎脚本としては,「杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)」「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」が有名。

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朝日日本歴史人物事典の解説

佐野次郎左衛門

生年:生没年不詳
江戸中期の人。下野国佐野(栃木県佐野市)の百姓(裕福な炭問屋,庄屋とも)いい,江戸吉原江戸町1丁目の大兵庫屋(角町中万字屋,江戸町2丁目兵庫屋庄右衛門とも)抱えの遊女八ツ橋に恋慕して通い詰めたが,その不実を恨んで,元禄年間(1688~1704)とも享保年間(1716~36)ともいうが,八ツ橋を籠釣瓶の銘のある業物で斬り殺し,大勢を殺傷した。これがいわゆる吉原百人斬りで,歌舞伎「青楼詞合鏡」(1797),「杜若艶色紫」(1815)などに脚色されたが,今日では講釈を題材とした「籠釣瓶花街酔醒」(3代河竹新七作,1888)が最も知られる。

(宇田敏彦)

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大辞林 第三版の解説

さのじろざえもん【佐野次郎左衛門】

江戸中期の下野しもつけ国佐野の農民。吉原の遊女八橋に通いつめたが愛想づかしをされ、八橋ほか大勢を斬殺した。これを脚色した歌舞伎に四世鶴屋南北作「杜若艶色紫かきつばたいろもえどぞめ」、三世河竹新七作「籠釣瓶花街酔醒かごつるべさとのえいざめ」などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐野次郎左衛門
さのじろざえもん

講談、歌舞伎(かぶき)で知られる「吉原百人斬(ぎ)り」事件の主人公。享保(きょうほう)年間(1716~36)野州(栃木県)の百姓佐野次郎左衛門が江戸吉原の遊女兵庫屋八ツ橋に通い詰めて振られ、八ツ橋はじめ大ぜいを斬り殺したというのが通説。事件の年代や内容などに異説があるが、歌舞伎脚本に多く扱われ、4世鶴屋南北(つるやなんぼく)作『杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)』、3世河竹新七作『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』などが有名。[松井俊諭]

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世界大百科事典内の佐野次郎左衛門の言及

【杜若艶色紫】より

…蛇遣いのお六は亭主お守り伝兵衛の弟金五郎が金に窮しているのを見かね,釣鐘弥左衛門のたくらみにのって,願哲とつるんで万寿屋寮へ乗りこむ。お六に八ッ橋との仲を裂かれた佐野次郎左衛門は,八ッ橋の心変りを恨んで八ッ橋を殺し,切腹しようとするところを旧僕の伝兵衛に救われ,かくまわれる。お六は八ッ橋を実の妹と知り,佐野が尋ねる二字国俊の名刀を,盗んだ願哲から取り返そうとして非人を殺す。…

※「佐野次郎左衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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