コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

侯外廬 こうがいろHou Wai-lu

3件 の用語解説(侯外廬の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

侯外廬
こうがいろ
Hou Wai-lu

[生]光緒29(1903).山西
[没]1987.9.14. 北京
中国の歴史学者。中国社会科学院歴史研究所名誉所長。中国政治協商会議常務委員。パリに留学し,帰国後ハルビン (哈爾浜) で教職につき,のち 20代後半で早くも北京大学に迎えられ,王思華と『資本論』を共訳。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

侯外廬【こうがいろ】

現代中国の歴史学者,思想史家。山西省介休県生れ。北京師範大学卒。マルクス主義者李大【しょう】(りたいしょう)の影響を受け,中国共産党に入る。《資本論》を中国で最初に翻訳出版。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

こうがいろ【侯外廬 Hóu Wài lú】

1903‐87
現代中国の歴史学者,馮友蘭と並ぶ思想史家。山西省介休県の人。北京師範大学卒。李大釗(りたいしよう)の影響でマルクス主義に傾倒し,1927‐30年パリに留学,中国共産党に入る。帰国後,北京の大学で教鞭をとり,王思華と《資本論》を中国で最初に翻訳出版。30年代後半は太原,重慶などで中国思想史研究に従事した。新中国成立後,西北大学学長などの要職につき,唯物論と唯心論の対立抗争を重視する《中国思想通史》全6巻を上梓,内外の注目をあつめた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

侯外廬の関連キーワードプラット修正ロシア映画キュリーククルイニクスイ幸徳秋水ブライアンアクリーションマグマ・ストーピングイラーセクイリンデン蜂起

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone