出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
503~552
朔方(さくほう)(陝西(せんせい)省楡林(ゆりん)県)か雁門(がんもん)(山西省太原市)の人。初め北魏の北辺警備の武将で,北魏末の乱で高歓(こうかん)に従い,東魏の河南を守った。のち梁(りょう)に帰属したが,反乱を起こして都の建康(南京)を陥れ,国を漢と号した。やがて敗死したが,南朝の貴族制は大打撃を受けた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…中国,南朝梁の武帝治下の548年(太清2)8月,南予州刺史の侯景がおこした反乱。侯景は羯族(かつぞく)の出身,東魏からの投降将軍であった。…
※「侯景」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...