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高歓 こうかん Gao Huan; Kao Huan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高歓
こうかん
Gao Huan; Kao Huan

[生]太和20(496)
[没]武定5(547)
中国,東魏 (→北魏 ) の実権者で北斉王朝の事実上の創建者。北斉になって神武皇帝と追諡された。正史によると渤海郡の人であるが,事実は北魏の懐朔鎮におかれた鮮卑系の武人出身である。北魏末の六鎮の乱に加わったが,やがて爾朱栄に帰服し,爾朱栄の死後は河北に出,渤海郡の豪族高乾らと結んで爾朱氏を破り,その根拠地山西を取り,孝武帝を擁して北魏の実権を握った。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうかん【高歓 Gāo Huān】

496‐547
中国,東魏政権の創立者。北斉朝,高祖と諡(おくりな)される。正史に勃海・蓚(河北省)の人と記すが,別名賀六渾からも知られるように,北族系または北族化した漢人であろう。祖父謐(ひつ)のとき法を犯して懐朔鎮(内モンゴル包頭(パオトー)北方)に流刑となり,高歓も同地の鎮兵であった。北魏末,乱世の兆しを見て野心を抱き,同志侯景らと革命を計画した。たまたま六鎮の乱が起こり,群雄のもとを転々としたのち爾朱栄のもとに身を投じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高歓
こうかん
(496―547)

中国、東魏(とうぎ)の実権者。正史には漢人名族出身と記すが、鮮卑(せんぴ)種と思われる。北魏北辺の懐朔鎮(かいさくちん)の卑職にあったが、六鎮(りくちん)の乱に参加、ついで実力者爾朱栄(じしゅえい)に降(くだ)ってその有力な部将となった。栄の死後、栄に降伏していた北鎮の旧反乱民を掌握し、河北の漢人豪族と結んで爾朱氏を打倒し、孝武帝を擁立した。孝武帝が関中に拠(よ)る宇文泰(うぶんたい)のもとに奔(はし)ると、孝静帝をたてて(ぎょう)に遷都させ、北魏は東西に分裂した。東魏において彼は大丞相(じょうしょう)、都督中外諸軍事として晋陽(しんよう)に府を開き、西魏の宇文泰と対峙(たいじ)する一方、長子の高澄(こうちょう)に派遣して朝廷を制肘(せいちゅう)し、諸功臣の抑圧を遂行した。のちに北斉(ほくせい)を建てた文宣帝高洋は歓の第2子である。[窪添慶文]

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