翻訳|eugenics
遺伝的に人を選別する学問。1883年に英遺伝学者が提唱した。「不良な子孫の出生防止」などの名目で結婚制限や断種、隔離がナチス・ドイツをはじめとするさまざまな国で行われた。現在は差別につながるとの懸念から積極的に支持する人は少ない。日本では1948年に旧優生保護法が施行。知的障害や精神疾患などの患者に対し、本人の同意がなくても不妊手術をすることを認めた。96年に該当する条文は削除された。
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出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報
優生学とは,C.ダーウィンの従弟であるF.ゴールトンが1883年につくり出した言葉で,ギリシア語の〈よい種(たね)〉に由来する。1904年の第1回イギリス社会学会で彼は《優生学--その定義,展望,目的》という有名な講演を行い,ここでその学問を,〈ある人種の生得的質の改善に影響を及ぼすすべての要因を扱う学問であり,またその生得的質を最善の状態に導こうとする学問〉と定義した。したがって優生学には理論上,結婚制限,断種,隔離等により望ましくない遺伝因子を排除しようとする〈消極的〉優生学と,税制優遇や法的強制により望ましい遺伝因子をもつ人間の多産や早婚を奨励する〈積極的〉優生学がありうることになる。しかし,人間の形質のうちでメンデルの遺伝法則に従うことが明らかになっているのは,血液型を除いてはほとんどが病的形質であるため,優生学の名のもとに実行されたことのほとんどは〈消極的〉優生学であった。
優生学は,19世紀末から20世紀初頭にかけて大いに流行した社会ダーウィニズムの一典型であり,子孫の数と質に注目する点で,最もダーウィン思想に忠実な一分派であった。ゴールトンの思想は,イギリス本国でよりはアメリカ社会で広く受け入れられた。アメリカは優生断種のための法律を最も早くとり入れた国であり,1931年までに全米30州で断種法が成立し,このときまでに約1万2000件の手術が行われた。さらにこの思想は移民制限の論拠にも用いられた。1924年に成立した絶対移民制限法は,〈劣った人種の移民の増大でアメリカ社会の血全体が劣悪化するのを防ぐ〉とする法律であり,この人種差別的法律は65年の移民国籍法によってやっと全面的に解消した。
優生学のもう一本の太い流れはドイツにあった。1895年に出版されたプレッツAlfred Ploetz(1860-1940)の《民族衛生学の基本方針》という本がドイツ優生学の出発点である。一般に優生学は政治的極右の学問だと信じられているが,実情は必ずしもそうではなく,多くの社会主義者や自由主義思想家がこれに興味を示した。このプレッツの本も,もともとの発想は優生学と社会主義の理想を合体させようとするところにあった。優生学に対するドイツ・アカデミズムの中での認知は遅れたが,1920年代後半にはカイザー・ウィルヘルム人類遺伝優生学研究所が設けられ,ナチス時代にこれが一気に拡大されるのである。ヒトラーの思想をせんじつめれば,国家は生物学的人種が構成する民族共同体ということになり,優生学はその構成員の〈遺伝的健康〉の保全にあたるものとされ,ナチス政権下で重大な役割を果たした。ナチス政権成立直後に成立した断種法は優生裁判所制度を導入したもので,法律施行後の初年度だけで5万6000件以上の断種が行われた。ナチス政権はその後,ゲルマン民族至上主義と反ユダヤ主義的政策を強化した。人種的理由を根拠にユダヤ人の市民権をつぎつぎに剝奪(はくだつ)し,秘密政策として600万ユダヤ人を虐殺し,数万のドイツ人障害者をガス室に送った。ふつうナチス優生学というときは,表向きの断種政策と,秘密政策としてのユダヤ人の系統的殺害の双方を含めることが多い。
日本も太平洋戦争中に,ナチス断種法にならった国民優生法を成立させたが,ほとんど機能しないまま敗戦を迎え,1948年の優生保護法として再生することになった。ただしこの法律も条文上は戦前の強制的優生断種の性格を残しており,母体保護の名による中絶の条項以外はほとんど空文化しているとはいえ,もし条文どおりに運用されれば著しい人権侵害を招くおそれがあった。1997年の同法改正により優生思想にもとづく諸規定が削除され,名称も母体保護法と改められた。
戦後,人間の〈遺伝的質〉などという概念は非科学的抽象論だとされ,現在でも遺伝決定論にくみする研究者は,この日本にはほとんど存在しない。しかしアメリカなどでは,遺伝病スクリーニング(集団検査)の法制化にともなって,これが優生学とどこが違いどのような危険があるかをめぐって論争が続けられてきている。さらにアメリカでは,人工授精のための第三者の精子を販売する商業的精子銀行が乱立しており,特定の形質をもった人間の精子への注文の集中による優生学的効果や,また,ノーベル賞受賞者の精子を集め,高い知能の女性のみにこれを人工授精させる精子銀行の出現など,これまでほとんど試みられなかった〈積極的〉優生学が少数だが実行されはじめている。このような動きに対抗するためには,人間の行動などという極度に複雑な現象は遺伝的に一元的に決定されえないという科学的事実を広め,かくも浅薄な人間解釈を許さない教育が必要であると思われる。
執筆者:米本 昌平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…イギリスの遺伝学者,統計学者,優生学者。バーミンガムの生れ。…
※「優生学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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