先端科学・技術(読み)せんたんかがく・ぎじゅつ

大学事典「先端科学・技術」の解説

先端科学・技術
せんたんかがく・ぎじゅつ

[先端科学・技術とイノベーション

「科学技術」という用語が,現在,ひろく使われている。そこには,科学の発展が技術の革新改良に結びつくことが含意されている。科学と技術はコインの裏表のような関係にあり,両者は一体となって発展する。そのような発想が,科学と技術を区別した「科学・技術」ではなく,「科学技術」という用語が使われる背景にある。近年,科学と技術は,ときに「一体化」と呼ぶことがふさわしいほどに緊密な関係をもつようになってきた。とりわけエレクトロニクスバイオテクノロジーの分野では,大学や企業で行われた研究活動の成果をもとにして技術革新が成し遂げられ,産業にあらたな展開がもたらされてきた。基礎研究から応用研究,そして製品開発へと着実に展開されることによってイノベーションがもたらされる。1990年代以降,米国特許で引用される学術論文の件数が大きく増加してきたこともそれを裏付けている。

 現在,経済発展の核となるイノベーションの源泉として,先端科学・技術に大きな期待が寄せられている。そこで中心的な役割を担うのが大学であることはいうまでもない。大学は,研究活動によってイノベーションのシーズを提供するとともに,教育を通して産業界を担う人材を多数輩出してきた。さらに近年は,大学発ベンチャーなど,研究成果をもとに大学の研究者がみずから企業をたちあげることも増えている。大学と産業界の関わりはより密接なものになってきている。

[大学の役割]

大学はもともと,中世ヨーロッパ社会に,聖職者や法曹家,医師を養成するべく誕生した。その最も重要な機能は教育であり,既存の知識を学生たちに習得させることだった。当時,大学は,新たな知識を求めて研究活動が繰り広げられる場所ではなかった。先端科学の舞台となっていたのは,こんにちの学会の前身ともいえるアカデミーであった。アカデミーでは,自然界の真理の探究をこころざす人々が集まって活動を行っており,大学人はその一部を占めるにすぎなかった。古典的大学において,教育がなによりの存立基盤であった。

 19世紀に入るとそのような状況に転機が訪れる。1820年代のドイツでは,化学者J.F. vonリービッヒのイニシアティブで実験室が設置され,実験が教育の一貫として位置付けられた。そこで学生たちはみずから研究を行い,教師とともに新たな知識の探求に参加するようになった。研究と教育が密接に結びついて展開された。これは学問分野としての有機化学の発展をもたらし,合成染料の開発に結びついたほか,化学工業で活躍する人材を多数輩出した。その成功をモデルにして,アメリカ合衆国では大学院(アメリカ)という制度が誕生した。大学院では新たな知識を生み出すことが重視される。研究の導入は大学のあり方を大きく変えた。19世紀後半のアメリカでは,モリル法(土地賦与大学法,1862年)により,連邦政府から州政府に供与された国有地財源に,多くの州立大学(アメリカ)も設立された。これは地域経済の発展に不可欠な農業技術・工業技術の普及・改良,および地域の人材育成を目的にするものだった。地域産業への貢献もまた,大学に期待されることになった。それを可能にしたのは,農学をはじめとした先端科学・技術の知識であった。

 このようにして先端科学・技術は,大学の担う役割に大きな変化をもたらしてきた。二度の世界大戦では,化学兵器レーダー原子爆弾が開発され,戦後,科学研究に対する国家からの支援が本格化した。また1980年代以降,産学連携が強化され,大学における研究成果の特許化や技術移転,大学と企業の共同研究を推進する施策が展開されてきた。産業界との密接な交流は大学に対して,あらたな課題を提供し,研究活動の活性化に寄与するほか,資金面での恩恵ももたらしている。

担い手の多様化]

先端科学・技術の担い手は大学にかぎらない。19世紀終わりのドイツでは,最新の実験装置を備えた研究所を設置し,大学の博士号取得者を雇用して研究開発を行う企業が登場した。企業における研究活動は20世紀に本格化した。大学では基礎研究・応用研究中心,企業では応用・開発研究が中心に展開されているという違いはあるが,科学技術研究費の投入額でみると,日本ではその8割が企業での研究に費やされている。さらに近年では,NGOなどの組織も研究所をもち,博士号取得者が研究活動に従事するようになってきている。高等教育の大衆化・拡大により,専門知識と高度なスキルを身につけた多くの人材が社会のさまざまなセクターに進出している。先端科学・技術の担い手の拡大も,現代の知識基盤社会の一つの側面といえよう。
著者: 中村征樹

参考文献: 上山隆大『アカデミック・キャピタリズムを超えて―アメリカの大学と科学研究の現在』NTT出版,2010.

参考文献: 潮木守一『フンボルト理念の終焉?―現代大学の新次元』東信堂,2008.

参考文献: 後藤晃・小田切宏之編『日本の産業システム3 サイエンス型産業』NTT出版,2003.

参考文献: ヘンリー・エツコウィッツ『トリプルヘリックス―大学・産業界・政府のイノベーション・システム』芙蓉書房出版,2009.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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