八木 正生(読み)ヤギ マサオ

20世紀日本人名事典の解説

八木 正生
ヤギ マサオ

昭和・平成期のジャズピアニスト,編曲家



生年
昭和7(1932)年11月14日

没年
平成3(1991)年3月4日

出生地
東京

学歴〔年〕
青山学院高

経歴
戦後、築地の「クラブ・リオ」、米軍立川基地などで演奏。その後は映画音楽の作編曲に転じ、200本を超す作品を書いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

八木 正生
ヤギ マサオ


職業
ジャズ・ピアニスト 作曲家 編曲家

別名
別名=MACAO YAGUI

生年月日
昭和7年 11月14日

出生地
東京都

学歴
青山学院高

経歴
幼少時からピアノを習うが、戦災でピアノを失う。戦後、中学3年から友人たちとハワイアンのバンドを組み、スティール・ギターを担当。進駐軍のキャンプでも演奏したが、当時は停電が多くてスティール・ギターが使えなくなり、やむなくピアノを弾いたこともあった。やがてジャズに興味が移り、ジャズ・ピアニストに転向。松本伸とイチバン・オクテット、コージー・カルテット、ビッグ・フォアなどに参加し、特にセロニアス・モンクのプレイに影響を受け、昭和35年にはLP「セロニアス・モンクを弾く」を発表。34年自己のコンボを結成して以来、イーストコースト風のハード・バップを得意とし、渡辺貞夫、ジョージ川口、トニー・スコットらとも共演。また東京・青山のナイトクラブでピアノを弾いていた時に黛敏郎、武満徹、岩城宏之らと知り合ったのがきっかけで、軽井沢現代音楽祭にも出演、現代音楽にも強い関心をもった。この間、松平頼則の「近代和声学」などを読みながら作・編曲を独学し、34年新東宝のオムニバス映画「日本ロマンス紀行」の第2話で映画音楽家としてデビュー。同作ではマイルス・デイヴィスが音楽を手がけたルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」と同じ編成でモダン・ジャズ風の劇伴音楽を作り、好評を博した。以後、同作でコンビを組んだ石井輝男監督の〈網走番外地〉シリーズや「御金蔵破り」「東京ギャング対香港ギャング」「ならず者」「徳川女刑罰史」、降旗康男監督「非行少女ヨーコ」「ギャング・殺られたら殺れ」、工藤栄一監督「日本暗黒史・血の抗争」、堀川弘通監督「さらばモスクワ愚連隊」(黛との共作)、野田幸男監督「不良番長」シリーズ、鷹森立一監督「港町ブルース」、野村芳太郎監督「大勝負」、内藤誠監督「ビューティー・ペア 真赤な青春」、和田誠監督「快盗ルビイ」など生涯に200本近い映画音楽を手がけ、ジャズだけでなく時にはポップス風や現代音楽風の味付けも施した。また映画だけでなくテレビアニメ「あしたのジョー」の主題歌や、“ダバダ〜”のスキャットで知られるネスカフェのCMソング「めざめ」なども作曲。1980年代にはサザンオールスターズの編曲なども手がけている。

所属団体
日本作曲家協議会,日本アレンジャー協会

没年月日
平成3年 3月4日 (1991年)

伝記
あなたの想い出―Memories of Youピアノ弾き乱入列車 高平 哲郎 著山下 洋輔 著(発行元 晶文社徳間書店 ’00’88発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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