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映画音楽 えいがおんがくfilm music

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

映画音楽
えいがおんがく
film music

映画の劇内容の進行に合せて,作曲家がその映画のために作曲,あるいは既成曲を編曲して,画面効果を高めるために用いる音楽。純音楽との根本的な違いは,視覚芸術としての映画の映像に従属する聴覚的要素であること,なまの演奏ではなく,フィルムサウンド・トラックに録音された再生音楽であること,したがって,描かれる状況やせりふの内容表現と密接に関連し,監督の意図に従って作曲・演奏されること,などである。標題音楽的伴奏音楽としての役割から発し,映画技術の発達とともに多種多様な使命が課せられ,現在,自由,複雑な映画音楽の方向へ進んでいる。『巴里祭』 (M.ジョベール) ,『真昼の決闘』 (D.ティオムキン) ,『死刑台のエレベーター』 (M.デービス) ,『サウンド・オブ・ミュージック』 (R.ロジャーズ,編曲 I.コスタル) などの映画音楽は特に有名。

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デジタル大辞泉の解説

えいが‐おんがく〔エイグワ‐〕【映画音楽】

映画の効果を高めるために作曲・編曲された音楽。

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百科事典マイペディアの解説

映画音楽【えいがおんがく】

映画の表現を助けるため画面に合わせて再生される音楽。シネマトグラフの時代から映画に音楽を付けることが行われ,映画のために本格的な音楽が作曲されるようにもなった(たとえばエイゼンシテインの映画のためにプロコフィエフの作曲したもの)。
→関連項目バーンスタイン

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世界大百科事典 第2版の解説

えいがおんがく【映画音楽】


[起源]
 映画のために作曲,または選曲,編曲されてフィルムのサウンド・トラック(録音帯)に録音された音楽およびそれをレコード化したもの,演奏用に編曲したものを総称して映画音楽といっているが,サイレント映画にも音楽がなかったわけではない。1892年から10年間も続いたエミール・レノーの〈テアトル・オプチック〉と呼ばれたアニメーション映画の世界最初の長期連続興行のときからピアノ伴奏がついており,以来,〈伴奏音楽〉として,あくまでも映画のエモーションをかきたてるための補助的な役割にすぎなかったとはいえ,生の伴奏音楽をつけて上映するのが映画興行のしきたりとなった。

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大辞林 第三版の解説

えいがおんがく【映画音楽】

映画用に作曲・編曲され、フィルムのサウンド-トラックに録音された音楽の総称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

映画音楽
えいがおんがく

総合芸術である映画の一要素をなす音楽。音楽としての定まった形式はなく、映画の内容の多様化に従い、あらゆる種類の音楽が包括される。今日では映画のために作曲、あるいは既成曲から選曲された音楽が編曲、演奏され、台詞(せりふ)や効果音とともに映画フィルムのサウンドトラックに録音され、映写とともに再生され、これらサウンドトラック上の音声は聴覚的要素として、映像と一体となった総合的な効果を要求される。
 映画に音楽をつけようとする試みは古く、1895年にリュミエール兄弟がパリで公開した最初のスクリーンに映写する方式の映画「シネマトグラフ」ではピアノの伴奏がつけられた。サイレント時代の映画には、欧米ではピアノ、オルガン、器楽アンサンブル、オーケストラなどにより、日本では弁士の場面説明と並行して和楽器、のちに洋楽器アンサンブルによる、既成曲演奏が行われていた。映画のためにオリジナルに作曲された音楽はサン・サーンスによるフランス映画『ギーズ公の暗殺』(1908)が最初とされ、アメリカ映画の大作では、製作者や監督などの指示により特定の伴奏楽譜を用意して、フィルムとともに映画館に配給するようになったが、その数は少ない。のちに音楽を吹き込んだ48センチ・ディスクを映写機とシンクロナイズするサウンド版へ移行した。
 映画が自前の音をもつフィルム式トーキーが完成(1929)してから映画音楽は急速に発展した。主としてオーケストラ演奏による登場人物などの性格を提示する劇音楽、および映画主題歌などの歌曲が映画音楽の構成要素となり、表現方法も多種多様になる。トーキー初期には純音楽作曲家や舞台音楽作曲家に依頼していたが、しだいに大衆性と職業的熟練を兼ね備えた専門の映画音楽家が進出してくるようになった。アメリカのマックス・スタイナー、ディミトリ・ティオムキン、ビクター・ヤング、アルフレッド・ニューマンなどがその例である。また旧ソ連ではプロコフィエフやショスタコビチなどの現代作曲家が映画音楽を晩年まで手がけ続けた。
 第二次世界大戦後になって、オーケストラ音楽以外の音楽を積極的に取り入れようとする動きがあり、アントン・カラスのチターによる『第三の男』(1949)、ナルシソ・イエペスのギターによる『禁じられた遊び』(1952)、マイルス・デービスのジャズによる『死刑台のエレベーター』(1957)などのように多様化した。また1950年代後半より日本では映画音楽のテーマ曲、主題歌をラジオ放送、レコードで楽しむ映画音楽が流行した。
 1960年代に映画音楽の流れが変わった。フランスのミシェル・ルグランの『シェルブールの雨傘』(1964)、フランシス・レイの『男と女』(1966)などイージー・リスニング系のなじみやすい曲想は、世界の音楽に影響を及ぼした。アメリカでは、『卒業』(1967)がサイモン&ガーファンクルによるポップ曲を利用して成功し、音楽業界を動かして既成楽曲を映画にとり入れる条件を変更させた。複数グループによる多数曲で成功した『イージー・ライダー』(1969)はロックにサウンドトラックへの道を開いた。複数のヒット曲、既成曲を劇音楽と融合させる傾向は『トップガン』(1986)のように一般化した。『スター・ウォーズ』(1977)のジョン・ウィリアムズ、『タイタニック』(1997)のジェームズ・ホーナーなどは劇音楽を守り、ディズニーの長編アニメ『美女と野獣』(1991)、『アラジン』(1992)は『白雪姫』(1937)以来の独自のオリジナル劇音楽、歌曲スタイルを貫いている。[日野康一]

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