改訂新版 世界大百科事典 「共生栄養」の意味・わかりやすい解説
共生栄養 (きょうせいえいよう)
symbiotic nutrition
動物の消化管内にすむ細菌や原生動物は宿主が消化できない物質を分解したり,タンパク質やビタミン類を合成したりして,宿主にたいして栄養的に寄与している例が多く知られている。このような共生微生物による栄養的な働きを共生栄養といい,とくに不消化物の分解にかかわる場合を共生消化symbiotic digestionという。草食動物のほとんどは植物体の主要な成分であるセルロースを分解する消化酵素(セルラーゼ)をもたないが,消化管内にすむ微生物の働きによってセルロースを栄養として利用できる。木材を食べるシロアリは,その腸管内に共生する原生動物(鞭毛虫類)や細菌がセルロースを分解して嫌気的につくりだす脂肪酸を利用しており,もし人為的に原生動物を除くとシロアリは死ぬ。ウシ,シカ,キリン,ラクダなどの反芻(はんすう)動物には3~4室にわかれた大きな反芻胃があり,その第1番目のもっとも大きいルーメン(瘤胃(こぶい))と網胃はそこに存在する細菌や原生動物(繊毛虫類)の働きによってセルロースを分解する一種の発酵槽になっている。共生微生物の一部は葉胃・皺胃(しゆうい)に送られて消化され,宿主の栄養となる。ルーメン内の共生微生物はアンモニアや尿素からタンパク質などを合成して繁殖するので,反芻動物の餌にこれらの窒素化合物を加えておくと,微生物の繁殖がよく,したがって宿主のタンパク源が増えることになる。このことはタンパク質に乏しい食物を食べている動物にとっては栄養的にとくに重要である。たとえばラクダの尿には尿素がほとんどない。代謝の過程で生じる尿素は尿中に出ずにルーメンに入って,そこで二酸化炭素とアンモニアに分解され,このアンモニアが微生物によるタンパク質合成の材料になる。ラクダは繁殖した微生物を消化してタンパク源として利用するからとくにタンパク質の多い食物を必要としないのである。ルーメン内の共生微生物はまたビタミン類の供給源にもなっている。たとえばウシの乳には食物中の約10倍のリボフラビンが含まれているし,ルーメンの内容物のパントテン酸は食物中の6~25倍に達することが知られている。このように反芻動物は必要なビタミンの大部分を共生微生物に依存している。
反芻動物以外の草食哺乳類の場合はおもによく発達した盲腸が発酵室となって同様の共生消化がおこなわれる。しかしルーメンの場合とちがって反芻による攪拌(かくはん)過程がないうえに,消化管内にとどまる時間も短いため,十分消化されないうちに体外に出てしまうなど不都合な点が多い。このような違いはウシとウマの糞(ふん)をくらべるとよくわかる。前者ではなめらかな塊になっているのに後者ではまだ粗い繊維の破片が残っている。齧歯(げつし)類ではこのような不都合は次のような変わった方法で補われている。アナウサギやノウサギの糞には昼型と夜型とがあって後者は盲腸の内容を含む特殊な糞で軽くて大きく軟らかい。ウサギは肛門から出るこの糞を食べる。この行動を食糞coprophagyという。食べられた糞は胃底部にとどまって,ひきつづき発酵し,乳酸などの生成物が栄養として利用される。食糞はまたビタミン類の補給の点からも重要である。もし食糞が妨げられるとビタミンKやビオチンその他の欠乏症にかかる。ウサギの糞中には食物中の15倍ものパントテン酸が含まれている。
原生動物,カイメン,ヒドラ,ワムシなどには,細胞内にある種の緑藻(クロレラなど)が共生しているものがあり,この藻類は光合成によってつくった糖やグリセロールを放出し,宿主がそれを栄養として利用する。放出される物質は藻類自体が使う物質とは異なるので宿主が栄養の横取りをしていることにはならない。これも共生栄養の一例である。
執筆者:佃 弘子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報