日本大百科全書(ニッポニカ) 「冨嶽三十六景」の意味・わかりやすい解説
冨嶽三十六景
ふがくさんじゅうろっけい
幕末の浮世絵師、葛飾北斎(かつしかほくさい)によって描かれた富士山を題材とする浮世絵風景版画シリーズ。版元は江戸馬喰町(ばくろちょう)の大店(おおだな)、西村屋与八(よはち)(西村永寿堂)で、出版当初は全36枚で完結の予定であったらしいが、俗に裏富士とよばれる10図が追加出版されて全46枚で完結した。出版時期については明瞭(めいりょう)ではないが、1822年(文政5)ないし1823年ごろから1831年(天保2)をさほど下らない時期までにわたっていると考えられており、また各図の署名からも1834年以前に完結したとみるのが妥当であろう。また、作品中には江戸府内から眺望した富士、または地方や場所の推定できないものもあり、作品の出版順もさだかではない。たとえば「上総(かずさ)ノ海路(うなじ)」はすでに1799年(寛政11)に刊行された狂歌絵本『東遊(あずまあそび)』中に、画面を逆にすればほとんど同構図の挿絵が載せられており、「深川万年橋下」は1804年(文化1)ごろに発表された洋風風景画に類似する構図の作品をみいだすことができて、このシリーズはこのような点から北斎風景版画の集大成ともいえる性格をもっている。なお、これらの作品はフランス印象派にも影響を与え、とくに「山下白雨(さんかはくう)」「凱風快晴(がいふうかいせい)」「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」の3図は三役(さんやく)とよばれて、本シリーズのなかでもとりわけ芸術性の高い作品として評価されている。
なお北斎は、三十六景の好評にこたえた富士連作の第二弾『富嶽百景』(薄墨摺(うすずみずり)半紙本全3冊)を引き続き刊行している。
[永田生慈]
『小林忠解説『浮世絵大系13 富嶽三十六景』(1975・集英社)』