日本大百科全書(ニッポニカ) 「出井伸之」の意味・わかりやすい解説
出井伸之
いでいのぶゆき
(1937―2022)
実業家。1937年(昭和12)早稲田(わせだ)大学教授、出井盛之(せいし)(1892―1975)の次男として東京都に生まれた。1960年(昭和35)早稲田大学第一政治経済学部を卒業し、ソニーに入社。1995年(平成7)に上席役員14人抜きでソニーの社長について以来、10年間エレクトロニクスから映画、金融にまたがる巨大企業のトップを務めた。インターネットやIT(情報技術)時代を見据えた経営改革を唱え、売上高4兆円弱だったソニーを年商8兆円超の企業に育て、1990年代後半には海外経済誌から世界を代表する経営者の一人に選ばれた。ただITバブル崩壊後、デジタル対応の遅れもあって業績不振に陥り、2005年(平成17)に経営の表舞台から退いた。2006年コンサルタント会社「クオンタムリープ」を設立し代表取締役を務めた。
ソニー入社後、ソニー・フランス社の設立などの海外営業、音響、コンピュータ、ホームビデオ、広告宣伝部門などを経験し、1995年に社長・COO(最高執行責任者)に就任。1999年にCEO(最高経営責任者)、2003年に会長を歴任し、2000年からは政府のIT戦略会議(内閣総理大臣の諮問機関)議長も務めた。
この間、1997年にソニーが未経験だったパソコン事業に参入し、「VAIO(バイオ)」をパソコンの代表商品に育てた。2001年には三井住友銀行やアメリカのJPモルガン・チェースとインターネット専業銀行「ソニー銀行」を設立。次期トップの選考などを社外役員らに任せる「委員会等設置会社」制や執行役員制など、アメリカ型の経営手法を取り入れた。アメリカの『フォーチュン』誌(経済誌)が選ぶ1997年のアジアのビジネスマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、1998年にはフランスのレジオン・ドヌール勲章オフィシエ章を受章。
ただ薄型テレビなどデジタル家電への出遅れで業績が悪化。2005年にソニー・ピクチャーズエンタテインメント社(旧、コロンビア映画)の立て直しに成功したハワード・ストリンガーHoward Stringer(1942― )にトップの座を譲り、最高顧問に退いた。『ONとOFF』『非連続の時代』『日本進化論―二〇二〇年に向けて』など著書多数。
[矢野 武]
『立石泰則著『ソニーの「出井」革命』(1998・講談社)』▽『財部誠一著『出井伸之のCEO学』(2000・PHP研究所)』▽『出井伸之著『ONとOFF』(2002・新潮社)』▽『出井伸之著『非連続の時代』(2002・新潮社)』▽『出井伸之著『日本進化論―二〇二〇年に向けて』(幻冬舎新書)』