戦時あるいは非常事態に際し,自国の必要とする海域を自由に使用するとともに,敵に対しては自由な使用を不可能にさせることのできる能力。自国が必要とする海域あるいは海上交通路を自由に使用でき,しかも敵の利用を拒むことができ,戦略的にみて満足できる状態にあるとき制海が確保あるいは確立されたという。制海は本来,完全あるいは絶対優位の状態に達することが理想であるが,兵器技術が進歩し,航空機,ミサイル,人工衛星等が発達しつつある現在では,いかなる国でも限られた一定の海域を一定期間支配できる(海上優勢sea superiorityという)程度である。
制海確保のためには第一に優勢な海軍力が必要とされてきたが,これは現在でも本質的には同じである。第2次大戦まではイギリスが全世界的規模で制海権を支配した時期もあるにはあったが,大勢としてはイギリス,アメリカ,日本,フランスといった海軍力保有国が,その海軍力の大きさに応じて世界の海洋を分割した形で制海を確保していた。第2次大戦後の冷戦体制下では,米ソ2大国が中核となって,両陣営で世界の海洋を分割支配するように変化し,他の国は米ソいずれかの陣営の勢力圏下で,自国周辺を主に,限定した局地的海上優勢の確保に努めてきたのが実態である。制海確保のための手段は科学技術と兵器の進歩によって変化し,第1次大戦までは戦艦が主役を果たし,第2次大戦で空母と潜水艦が不可欠のものとなった。第2次大戦後は,航空機とミサイル兵器等の発達によって,航空優勢(制空権)の同時確保が絶対的な条件とされ,その下での空母を中核とする強力な機動部隊と優勢な潜水艦勢力が中心的役割を担っている。また,いったん確保した制海を維持するためには,自国の必要とする海域に優勢な海軍力を常時存在させ,さらに,航空優勢維持のための哨戒の実施と防空態勢の確立維持が必要で,そのための基地の確保も必要である。
→海軍 →シーパワー →シーレーン
執筆者:田尻 正司
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自国にとって必要な海域を自由かつ排他的に使用しうる能力もしくは状態。海洋は陸地と違って占領することも常続的支配もできない「広大な共有地」(マハン)なので自国の海上交通路を確保し、敵国の使用を妨げるには、一定の海域を必要な期間管制することが不可欠になる。ギリシア時代すでに「波濤(はとう)を制するものは世界を制す」のことばがあり、大航海時代のイギリスでは海賊紳士ウォルター・ローリー卿(きょう)が「海を支配するものは通商を支配し世界を支配する」と制海の意義を説いているが、制海権の帰趨(きすう)が国際政治の決定要素の一つとみなされるようになったのは、1890年にアメリカ人A・T・マハンが『海上権力史論』The influence of sea power upon historyを発表し、国家の興隆と制海権確立との因果関係を論証してからのことである。マハンの教義は「軍艦旗は商船旗に先行しその嚮導(きょうどう)者となるべし」という大海軍主義に結晶し、20世紀前半の列国の海軍政策に大艦巨砲と決戦艦隊思想の形で持ち込まれた。しかし洋上決戦によって海洋支配が獲得できた時代は日本海海戦をもって終わり、以後は潜水艦や航空機の登場で制海の意義と範囲はしだいに限定的、一過的なものに縮小されていった。さらに第二次世界大戦後の軍事戦略にあっては、戦略核兵器が潜水艦に搭載されて海洋に移動し、敵国の首都にねらいをつけるという事態が生じたほか、海軍戦闘もミサイルや電子戦を含む複雑なものに変化したため、古典的意味での制海権は今日ほとんど通用しなくなっている。
[前田哲男]
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