翻訳|circumcision
男女の性器の一部を切除または切開する儀礼で,古くから世界各地で行われている。現在でもイスラム教徒,ユダヤ教徒をはじめ,オーストラリア,アフリカの原住民の多く,ポリネシア,メラネシア,アメリカの原住民の一部において観察される。
割礼の目的については,衛生や性交における実利との関係を指摘する者もあるが,定説はない。入墨や瘢痕(はんこん)文身,抜歯(オーストラリア諸族その他),小指の第一,第二関節から先の切断(アフリカ南部),耳たぶを切ったり,耳たぶや鼻の隔壁に穴をあけたりする慣習,つまり身体のいずれかの部分を切断,切除したり傷つけたり,髪の毛を一定の形に切ったりすることによって,他の人間に見えるような形で,その人間の身体になんらかの変化をもたらすような慣習(身体変工)と同じだと考えてよいだろう。身体になんらかの毀損を受けた人は,これに伴う分離儀礼によって一般の世間から隔てられ,しかる後にある特定の集団に統合される。男子結社,秘密結社などへの加入儀礼に際して割礼がしばしば観察されるのはこのためである。痕跡を消し去ることのできない方法で身体に傷をつけるため,この統合は終身的なものとなる。ユダヤ教徒の割礼は,特定集団への統合という意味では典型的なもので,生後8日目に行われる。聖書はこれを掟としており,割礼は一定の神との〈契約〉のしるしとして,また同じユダヤ教徒共同体への所属のしるしとしてなされるのである。イエス(キリスト)も割礼を受けたといわれるが,キリスト教では,使徒パウロが〈心の割礼〉を唱えて以来,身体的な割礼を行う慣習は消滅した。イスラム教徒における割礼の慣習も,その宗教的統合に大きくかかわっている。
割礼を生殖と関係づける考え方もあるが,不適当である。それは,割礼を施す時期が生後7ヵ月から20年目まで広範にわたっていること(養子になったり,ユダヤ教やイスラムへ改宗する際にはもっと遅くなることがある),生殖のメカニズムをよく認識していない民族でも割礼が行われていること,割礼は亀頭やクリトリスの感受性を鈍らせて欲望を減退させ,交接を妨げることなどの理由による。
男性に割礼を施す社会でも,女性には割礼を施さないところは多い。しかし,アフリカの原住民,マレー人,アラブなどでは女性の割礼が一般化している。アフリカのケニアに住むカンバ族などでは,少女の割礼の介添役を行った女は,終身その娘の割礼親となり,その少女は割礼子となる。
割礼の仕方は,男性の場合は,陰茎包皮の環状切除,女性の場合はクリトリスの切除が最も多いが,オーストラリアの原住民のように,男性の尿道切開や女性の処女膜穿孔などを行うところもある。
→加入儀礼 →身体変工 →通過儀礼
執筆者:綾部 恒雄
性器の一部を除去する割礼は古代エジプトの壁画にも認められるが,上述されているようにユダヤ教ではアブラハム以来の重要な宗教儀礼とされ,アブラハムがイサクを割礼した故事にならって施術を受けるよう義務づけている。初期の東方キリスト教徒の間でも,この儀礼は守られていたが,パウロが割礼を精神化して以来,キリスト教・ヨーロッパ社会においては定着しなかった。
イスラム以前のアラビア社会においても割礼の習慣があったが,コーランは割礼について何も触れていない。ムスリムが割礼を守る理由はアブラハムと彼の宗教にならうためであり,ハディース(ムハンマドの伝承)もまたこのことを伝えている。イスラムの法学者はこれによって割礼は義務であるとする者(シャーフィイー派,ハンバル派)や,単なるスンナ(預言者の慣行)とする者(マーリク派,ハナフィー派),またスンナとしても未確認のスンナとみなす者等々,彼らの解釈の立場は一定していない。地域によっては割礼をもってムスリムとしての唯一のシンボルマークとみなして,入信の際の第一条件とする所も現実にはある。割礼年齢はまちまちで,生後1週間から12歳くらいまでの幅があるが,通常は7歳前後が適齢とされている。施術は昔から刃物を扱う床屋や専門の施術師(女児の場合は産婆)が行っていたが,現代では外科医が多くなっている。施術と施術場所については,とくに規定はないが,多くの場合は宗教的祭日やモスクの縁日が選ばれ,モスクの境内または近くの広場の仮設小屋で集団的に行われる。また外科医の場合は当然病院で行う。割礼の前後には家庭内で内祝をするが,かつて行われていた祝いの行列が町を練り歩く光景は今ではほとんど見られない。切断した包皮は焼却したり,モスクの境内の土中に埋められる。また塩をかけハンカチーフに包んで首に掛け,手術の傷が癒えると川に投げることもあるという。女児の割礼は男児に比べるとその数は少ないが,割礼不要説の立場をとる意見が近年高まっている。
執筆者:飯森 嘉助
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
男性性器の一部とくに陰茎の包皮、およびときとして女性の陰核もしくは小陰唇を儀礼的に切除または切開すること。身体変工の一つ。
[佐々木宏幹]
きわめて古い時代から、広い地域の諸民族によって行われてきた。アラブ系諸民族、若干のアフリカ系民族、エチオピアのキリスト教徒、オーストラリア先住民、マレー人、カリブ人、南アメリカ先住民、ユダヤ教徒、イスラム教徒、フィジー人、サモア人などその例である。ただし、インド・ヨーロッパ語系、モンゴル語系およびフィン・ウゴル語系諸族間では行われない。
[佐々木宏幹]
ユダヤ教徒は割礼の厳守で知られるが『旧約聖書』の「創世記」によれば、アブラハムは神との契約のしるしとして、彼が99歳、その子イシマエルが13歳のとき、一家の男性をあげて割礼を行った。このとき神は、イスラエルの民はすべて生後8日目に割礼を行うべきことを要求し、これに違反する者は契約を破るものとした(17章9~27)。以来「アブラハムの契約」は代々子孫に義務づけられ、ユダヤ教徒の男子は生後8日目に、健康上の理由がない限り、安息日と否とにかかわらず、割礼を行うものとされた。
キリスト教では割礼の実施に宗教的意味を認めず、これにかわってパウロが主張した「霊による心の割礼」(「ローマ人への手紙」2章25~29)を重視する。アラブ諸族は、生後7、14、21または24日目に割礼を行う。ペルシアのイスラム教徒は3歳か4歳のときに、フィジーやサモアでは7歳のときに、エチオピアでは6、7歳または8歳のときに割礼を行った。アフリカでは若干の部族がユダヤ教徒の規則に従っているが、大部分は生後30日から60日の間にこれを実施した。古代エジプトでは紀元前4000年のころすでに割礼の風習があり、男子は6歳から12歳の間にこれを受けたという。
[佐々木宏幹]
ユダヤ教徒においては、割礼を受ける幼児はまず預言者エリヤの情熱を象徴する「エリヤの椅子(いす)」に乗せられ、ついで契約人の膝(ひざ)に移されて割礼を受ける。この間契約人は、泣き叫ぶ幼児を押さえていなければならない。式後、幼児にヘブライ語の名前が与えられる。最近では衛生上の理由から、手術は病院で済まし、祝宴を家庭で行う風がみられる。オーストラリアのカラジェリ人の社会では、男子が12歳ぐらいになると、成人式の一環として割礼を施す。彼は年長者に連れられてホルドを離れ、長期にわたる幾多の試練を経たのちに、年長者の男性たちにより割礼される。割礼は聖なる怪物ブル・ローラーの歯の傷痕(しょうこん)であるとされる。金属製よりも石製の小刀が使用されることが多い。
[佐々木宏幹]
割礼の意味・目的については、血と生命の供犠、神との契約の「しるし」の付与(ユダヤ教徒の場合)などのほか、忍耐力を試す手段、結婚の準備、性器の聖化、衛生上の理由などさまざまの解釈があり、一定していない。しかし、幼児期に行われようが少・青年期に行われようが、基本的には入社(門)式、成人式の意味をもつ。すなわち割礼は、個人のある集団・社会への加入またはある身分・地位の獲得を儀礼的に表現し、彼を正式の成員として社会的に承認する行事であるとみられる。
[佐々木宏幹]
『竹中信常著『宗教儀礼の研究』(1960・青山書院)』▽『長谷川真著『ダビデの星――ユダヤ教』(1969・淡交社)』▽『ファン・ヘネップ著、綾部恒雄・裕子訳『通過儀礼』(1977・弘文堂)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一般に成年式儀礼の一部として行われるが,イスラム,ユダヤ教徒の間では,幼児期に行われる。男性の場合には,環状切断circumcision,一部切開incision,尿道切開subincisionなどの方法がとられ,女性の場合には,陰核や陰唇の切除などが行われる。男性の割礼は世界各地で行われているが,女性の割礼は中東やアフリカなどの一部の地域に限られている。…
…成年式儀礼との関連で文身が行われることが多く,一定の社会的地位や身分を表す場合や,呪術的な力と関連する場合もしばしば見られる。(7)割礼 性器の一部に切除や切開などの変工を加えるもの。一般に成年式儀礼の一部として行われるが,イスラム,ユダヤ教徒の間では,幼児期に行われる。…
…仮性包茎でも,包皮が極端に長いものや,このために早漏の傾向がみられるもの,あるいは亀頭包皮炎をくり返すものでは治療の必要がある。包茎と陰茎癌の発生には関係があるとされ,ユダヤ教徒などのように,宗教的あるいは風俗的なならわしによって新生児期に包茎手術(割礼)を行う人々には陰茎癌が少ない。これは,恥垢や炎症などによる局所の刺激が発癌に関与しているためであろう。…
…したがって,家庭を形成するために結婚することは,重要な戒律として定められている。男子は生後8日目に割礼を受け,同時に命名される。これは,新生児が〈アブラハム契約〉に参加してユダヤ人共同体の一員になったことを示す儀式である。…
※「割礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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