改訂新版 世界大百科事典 「瘢痕文身」の意味・わかりやすい解説
瘢痕文身 (はんこんぶんしん)
scarification
cicatrization
皮膚に切込みを入れたり,焼灼(しようじやく)して,その傷跡がケロイド状に盛り上がることを利用して身体に文様を描く慣習をいう。身体装飾の一種と考えられるが,身体彩色の場合とは異なり,描かれた文様が一生消えないという点に特色がある。通例,身体変工の一技法と分類される。身体変工の中で,皮膚に傷をつけ文様を描くものは文身と総称され,文身はさらに傷跡の盛上がりを利用する瘢痕文身と,色料を用いる刺痕(しこん)文身,すなわち入墨に下位区分される。一般に,比較的肌の色の濃い民族は瘢痕文身を,肌の色の薄い民族が刺痕文身を行うとされる。実際,アフリカや,東南アジアのネグリト,メラネシア,アボリジニー,南アメリカのインディアンなどの黒い肌をした民族の間で,瘢痕文身の慣習が見られる。これは,肌の色の濃い民族の場合,色料を用いた刺痕文身では文様が目だたないからだと考えられている。
皮膚に切込みを入れる道具としてはナイフ状のものや針状のものが用いられ,フリントや石英などの石器,コウモリの骨などの骨角器,その他ガラス,金属など,その材質は多岐にわたる。焼灼による瘢痕文身では,炭や木の燃えさしが用いられる。このほか特殊な方法として,粘着性の強い植物の細片を皮膚に貼り付け,それをはがすことによって皮膚の表面をいっしょにはぎ取るという場合もある。傷跡にはしばしば灰や砂,鳥の羽毛などをすり込み,傷跡が早く治りすぎて盛り上がらないことを防ぐ。また,鎮痛の目的で灰などをすり込む場合もある。傷跡が盛り上がるのを助けるために,その周りをひもや布でしばることも行われる。瘢痕文身が施される部位は,顔面,胸部,腹部,背中,陰部,腕,足などであり,あらゆる皮膚面に施される可能性があるが,瘢痕文身の持つ意味に従って各民族ごとにどの部位に瘢痕文身を施すかが決まっている。また,描かれる文様も民族ごとに異なっており,一般に,抽象的,幾何学的なものが多い。
瘢痕文身は成年式儀礼の一部として行われるのが一般的である。切込みや焼灼に伴う苦痛に耐えて初めて,社会の正式な成員として承認される。そして,瘢痕文身の文様が成人としての社会的地位の指標となる。その文様が所属する部族を表す指標としての社会的機能を果たすという場合もある。瘢痕文身の審美的,装飾的側面が強調されることも多く,この場合には,男らしさ,女らしさなど,異性を引き付ける魅力を強めるものとして考えられている。また,呪術・宗教的な目的から瘢痕文身が行われることもあり,瘢痕文身を施された者は邪悪な超自然的諸力,たとえば病気などからみずからを守ることができるとされる。このように瘢痕文身の目的や意味は民族ごとに異なり,一様ではない。
執筆者:栗田 博之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報