身体変工 (しんたいへんこう)
身体の一部に変形や損傷などの変工を加える慣習。身体変形deformationと身体損傷mutilationに分類されることがある。広義の意味では,身体装飾の一種と考えられるが,装飾品を身につける場合や身体彩色を行う場合などと異なり,一度変工を加えられた身体の部位は元の状態に戻ることがないという点に特色がある。身体変工のおもなものは,変工の方法や変工の施される部位によって,次のように分類される。
種類
(1)身体穿孔(せんこう) 主として,耳たぶ,鼻中隔,鼻翼,ほお,唇,あごなどが穿孔される。装身具を取り付けるために行われる場合が多い。通例,穿孔は幼児期に行われ,本来の装身具をつけるときまで,穴がふさがってしまわないよう,代替物をつけて過ごすこともある。身体穿孔は世界各地で行われており,穿孔された部分に差し込む物体をしだいに大きくしていって伸張を施し,最終的にひじょうに大きな装身具を取り付けることもしばしば行われる。アフリカの一部の地域では女性の唇に円盤がはめ込まれるし,耳たぶに太い耳飾りを差し込むことも広く行われている。(2)身体伸張 穿孔と組み合わされた身体伸張以外にも,乳房や性器などが伸張されることがある。女性の陰唇,陰核を伸張するアフリカの通称〈エプロン〉などが,この例である。(3)身体切断 手の指が切断される場合が多い。たとえばメラネシアやアフリカでは,近親者を失った女性が,そのたびごとに指を1本ずつ切り落としていく例が見られる。このほか哀悼の意を示すため耳が,また供犠として指が切断されることもあり,アフリカなどでは成年式儀礼において男性の乳首の切断が行われる。(4)身体狭窄(きようさく) 緊縛によって,頭,首,腕,腰,脚,足などが人工的に狭窄され,体形が変形される。ミャンマーで見られる黄銅製の輪による首の狭窄では,輪を積み重ねて首を引き伸ばし,富と地位の象徴とする。腰の狭窄では,西欧における女性のコルセットがあり,18世紀のロココ時代がその最盛期であった。同じく女性の美しさを求めて中国で行われていた纏足(てんそく)は足の狭窄の典型的な例である。頭部に施される狭窄はとくに〈頭蓋(とうがい)変工〉と呼ばれ,幼児期からの頭部の緊縛によって,最終的に頭蓋が扁平な形や細長い形に変形されるものである。アンデス文明やマヤ文明での板や添木による頭蓋変工,扁平な頭の形をとって命名されたフラット・ヘッド(平頭)族をはじめとする北アメリカのインディアンの頭蓋変工などが有名だが,そのほか東南アジア,アフリカ,ヨーロッパなど世界各地で頭蓋変工が報告されている。(5)歯牙変工 特定の歯を抜く抜歯と,歯を削ってとがらせたり,刻み目を入れたりする尖歯(せんし),あるいは欠歯がそのおもなものである。成年式儀礼に伴って行われることが多く,アフリカからオセアニアにかけて広く見られる。また,近親者の死に対して哀悼の意を示すためポリネシアでは抜歯が,東南アジアでは尖歯が行われる。歯に金属などをかぶせたりはめ込んだりする装飾や,日本でも行われていた〈おはぐろ〉なども,広義の意味で歯牙加工の一種と考えられる。(6)文身 瘢痕(はんこん)文身cicatrizationと刺痕文身tattooとに分けられる。前者は皮膚に切込みを入れたり,焼灼(しようしやく)したりして,その傷跡が盛り上がることを利用し文様を浮き上がらせるもの,後者は一般に入墨や刺青と呼ばれるものに相当し,鋭利な道具で皮膚を傷つけ,その部分に色素を注入し定着させ文様を描くものである。瘢痕文身はアボリジニー,メラネシア,アフリカなど肌の色の濃い民族が行うのに対し,世界各地のその他の比較的肌の色の薄い民族の間では刺痕文身が一般的で,中でもポリネシアの刺痕文身がその入念さから名高い。成年式儀礼との関連で文身が行われることが多く,一定の社会的地位や身分を表す場合や,呪術的な力と関連する場合もしばしば見られる。(7)割礼 性器の一部に切除や切開などの変工を加えるもの。一般に成年式儀礼の一部として行われるが,イスラム,ユダヤ教徒の間では,幼児期に行われる。男性の場合には,環状切断circumcision,一部切開incision,尿道切開subincisionなどの方法がとられ,女性の場合には,陰核や陰唇の切除などが行われる。男性の割礼は世界各地で行われているが,女性の割礼は中東やアフリカなどの一部の地域に限られている。割礼は一定の社会集団への統合という側面が強い。
社会的意味
これらの身体変工に対し,各民族はそれぞれ独自の意味付けを行っており,また,さまざまな解釈が人類学者などによって提出されている。審美的,装飾的な目的がしばしば強調されるが,そのほかにも種々の目的が考えられる。身体変工が一定の社会的身分を表すという例は多い。成年式儀礼や葬送儀礼などの通過儀礼に伴う身体変工は,社会的身分の移行を象徴するものである。成年式儀礼では,身体変工に伴う苦痛が成人となるうえでの試練として大きな意味を持つし,身体変工が身体の成熟を援助し先取りするという側面も重要である。また,身体の露出した部位に変工が加えられた場合,それが所属する部族の指標となったり,部族内での特定の地位や身分の指標となるという,社会的指標の役割も考えられる。一方,呪術・宗教的な目的から身体変工が行われる場合も少なくない。一定の変工を施された者は,なんらかの力が得られるとされたり,特定の儀礼の執行を許されたりする。邪悪な力から身体を守るという目的で身体変工が行われることもある。しばしば身体変工を施す者にも施される者にもさまざまなタブーが課せられるが,これは身体変工の呪術・宗教的な側面を表すものである。このように,人体に対し変工を加えるということは,単なる美醜の問題だけではなく,さまざまな目的,意味を持ったものであると言える。
執筆者:栗田 博之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
身体変工
しんたいへんこう
自然のままの身体の一部に外科的な変形加工を行うこと。人類社会にほぼ普遍的に存在する習慣で、たとえば、いれずみ、ピアスなどもこの一種であるが、未開社会の民族の間ではほかにもさまざまな変工の施術が実行されている。その様式はほぼ次の四つに分類することができよう。
[山本真鳥]
主として手指、歯、性器などがこの施術の対象となる。手の指を儀礼的に切断する習慣は、世界各地の民族の間に存在するのみならず、古くはヨーロッパ後期旧石器時代の洞穴壁画に押された手型に指を切断したらしい跡をみることができる。ニューギニア島には女性が近親者の亡くなるたびに指を1本ずつ切断する慣習もみられる。歯に関しては成人や結婚のしるしとして抜歯や欠歯または加工を行うものが多い。オーストラリア先住民の間では成人式に際し歯を折り取る風習があり、またバリ島では歯をやすりでこすって牙(きば)のようにとがらせる。男子の性器を加工する割礼はユダヤ教徒やイスラム教徒をはじめとして全世界に広く分布しているが、その施術にはさまざまの方法がある。またアジアにはかつて去勢の慣習があり、この手術を受けて宮廷に仕えた者を宦官(かんがん)といった。女子の割礼は陰核を切除するもので、男子に比べて例はかなり少ないが、アフリカなどにみることができる。
[山本真鳥]
ビルマのバダウン人の女性は、真鍮(しんちゅう)でくるんだ籐(とう)を首に積み重ねるように巻いていき、首を長くする。アメリカ先住民の間には、赤子の額に板を押し当てて後頭部をとがらせた細長い頭にする習慣が広くみられた。またベルト状のもので腰部をきつく締め付けて極端に細く変形する習俗も多くみられる。欧米では女性のくびれた腰をつくりだすために鯨のひげ入りのコルセットが用いられた。また中国女性の纏足(てんそく)もこの様式に類するものである。
[山本真鳥]
耳飾りをつけるために耳に穴をあけるのは広くみられる習慣であるが、同様にインドの女性は鼻翼に穴をあけて宝石をつける。またニューギニア島、アフリカ、南米などでは、木切れ、骨、鳥の羽などを差し込むために、耳、鼻翼のみならず、鼻中隔、唇、ほおなどにも穴をあける。さらに身体を変形する方法との組合せで、穴をあけたあとに物を差し込んで形を変える習慣もある。カロリン諸島では、耳にあけた穴を広げて延ばし、肩近くまで紐(ひも)が垂れたかのごとくにしていた。またアフリカには唇に穴をあけてそこに木の皿を差し込み、だんだん大きな物とかえていくことによって、まるで鴨(かも)の嘴(くちばし)のようにする民族もいる。
[山本真鳥]
文身(ぶんしん)には、傷に顔料を擦り込んで文様をつける刺痕(しこん)文身と、わざと盛り上がるような傷跡をつけて文様を描く瘢痕(はんこん)文身とがある。前者は世界中にみられるが、なかでもポリネシアのマルケサス諸島民の全身に施した幾何文様の文身、マオリ人の顔面に施した螺旋(らせん)文様の文身は有名である。日本や中国のように多色を用いるものもあるが、ポリネシアのものはヤシ殻の炭を用いた一色である。後者の瘢痕文身はアフリカやオーストラリアにしばしばみられ、アフリカのヌバ人のものがとくに名高い。
この人為的なしるしを身体に刻みつける施術、すなわち身体変工は、イニシエーション(加入礼、入社式)儀礼と密接に関連するものが多い。割礼や文身はその代表的なものであり、同年齢の数人の男児の集団に成人式の儀礼を行う際、割礼や文身をそれに含めて行う民族は多い。また割礼や文身そのものが一人前の男性としてのしるしとみなされている社会もある。女子の場合は初経(初潮)や出産などに際して施術を行い、結婚可能なしるし、ないし既婚のしるしとする場合もある。赤子や幼児になんらかの施術を施すのは、子供を自然ではなく人間社会に属するものとするイニシエーションの意味をもっている。
身体変工を行う民族にそのわけを尋ねると、加工をしていないと動物と区別ができなくなってしまうという答えをしばしば得るが、身体変工は第一に、自然のままの体に人為的な加工を施すことによって文化のしるしをつけ、人間社会に属するものとすることであるという解釈が成り立つ。同様に、部族、氏族、リネージ(系族)に特有の身体変工により特定の社会集団に属すことを示す場合もあるし、成人式を経ての一人前の大人という地位を得たしるしとなることもある。また、階層分化の厳しい社会では、特殊な身体変工が上層の特定身分の人にだけ許されていて、他の身分から区別することを目的としている場合もある。いずれにしても、社会の定めた施術を身体に施すことによって、その社会の世界観に基づく社会的存在となると考えてよかろう。近年欧米社会を中心に、身体のさまざまな部位へのピアスや入墨が流行しているのは、一見イニシエーションや社会的帰属とは無縁のようにみえるが、単に本人の審美的趣味以上の意味を社会が読みとったり、また本人がそれを予期して施術したりする点で、やはり社会的意味を高度に内包しているといえる。
[山本真鳥]
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身体変工
しんたいへんこう
mutilations and deformations
永久的ないし半永久的に身体の一部を外科的に変形加工する習俗。身体のあらゆる部分について行われ,その手法も多種多様で,瘢痕文身,入墨,彩色などの皮膚加工や抜歯,手指切断,脱毛,穿孔,割礼なども身体変工といえるし,広義には中国の纏足 (てんそく) ,宦官 (かんがん) も含まれる。穿孔の際,輪,円盤,棒などの装飾品をはめこむ例もみられる。変工目的や施す時期もさまざまであるが,成年式や秘密結社への加入などと関連して行われることが多いのは注目される。ニューギニアでは成年式に骨製の針で鼻の穿孔を行う。ポリネシアでは入墨のない男性は結婚する資格がないとされている。 (→身体彩色 )
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身体変工【しんたいへんこう】
人体のある部位に恒久的な変形や毀損を加える慣習。例えば文身,割礼,頭蓋変形,去勢,抜歯,断指の他,社会によりその部位や方法は多様である。男女,長幼,地位・身分の区別等,社会成員の分類と対応している場合が少なくない。成年式等の通過儀礼における身体変工は,当の人物がある範疇から別の範疇へ移行したことを示すものともいえる。また人の死に際して生者が身体変工を行うことで服喪の意を表す社会もある。
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世界大百科事典(旧版)内の身体変工の言及
【割礼】より
… 割礼の目的については,衛生や性交における実利との関係を指摘する者もあるが,定説はない。[入墨]や[瘢痕(はんこん)文身],[抜歯](オーストラリア諸族その他),小指の第一,第二関節から先の切断(アフリカ南部),耳たぶを切ったり,耳たぶや鼻の隔壁に穴をあけたりする慣習,つまり身体のいずれかの部分を切断,切除したり傷つけたり,髪の毛を一定の形に切ったりすることによって,他の人間に見えるような形で,その人間の身体になんらかの変化をもたらすような慣習(身体変工)と同じだと考えてよいだろう。身体になんらかの毀損を受けた人は,これに伴う分離儀礼によって一般の世間から隔てられ,しかる後にある特定の集団に統合される。…
【瘢痕文身】より
…[身体装飾]の一種と考えられるが,身体彩色の場合とは異なり,描かれた文様が一生消えないという点に特色がある。通例,[身体変工]の一技法と分類される。身体変工の中で,皮膚に傷をつけ文様を描くものは文身と総称され,文身はさらに傷跡の盛上がりを利用する瘢痕文身と,色料を用いる刺痕(しこん)文身,すなわち[入墨]に下位区分される。…
※「身体変工」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」