北原 泰作
キタハラ タイサク
大正・昭和期の同和運動家 国民融合をめざす部落問題全国会議代表幹事。
- 生年
- 明治39(1906)年1月1日
- 没年
- 昭和56(1981)年1月3日
- 出生地
- 岐阜県岐阜市
- 学歴〔年〕
- 日本大学専門部中退
- 経歴
- 大正末期の水平社運動で活動。昭和2年1月、岐阜歩兵第68連隊に入隊したが、同年11月、名古屋で行われた陸軍特別大演習の観兵式で天皇に差別撤廃を直訴、逮捕された直訴事件の主役として知られる。部落解放同盟本部書記長、総理府同和対策審議会委員などを経て、国民融合をめざす部落問題全国会議代表幹事となり、39年には園遊会に招かれて皇太子殿下と会話した。著書に自叙伝の「賤民の後裔」のほか「部落解放の路線」など。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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北原泰作 (きたはらたいさく)
生没年:1906-81(明治39-昭和56)
部落解放運動の活動家。岐阜県出身。1927年陸軍特別大演習の観兵式の際,天皇に軍隊内の差別撤廃を直訴した。34年全国水平社の方針《部落委員会活動に就いて》の起草にあたる。太平洋戦争後は部落解放同盟に参加し,また同和対策審議会委員として,65年〈同対審答申〉の起草に加わった。答申の評価をめぐって日本共産党と論争し,やがては部落解放同盟の方針を批判するようになった。
執筆者:川村 善二郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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北原泰作 きたはら-たいさく
1906-1981 大正-昭和時代の部落解放運動家。
明治39年1月1日生まれ。大正末期水平社運動に参加。昭和2年陸軍に入隊,観兵式で天皇に軍隊内の差別撤廃を直訴し,逮捕される。24年部落解放全国委員会(のち部落解放同盟)書記長。50年「国民融合をめざす部落問題全国会議」を結成,代表幹事。昭和56年1月3日死去。75歳。岐阜県出身。著作に「賤民の後裔」。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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北原 泰作 (きたはら たいさく)
生年月日:1906年1月1日
大正時代;昭和時代の部落解放運動家
1981年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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