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園遊会
天皇、皇后両陛下の主催で、毎年春と秋の2回開かれている。1880(明治13)年に始まった「観菊会」、翌81年(同14)年から開かれた「観桜会」が発端。日中戦争で中断後、1953(昭和28)年に「園遊会」の名称で復活した。
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えんゆう‐かい〔ヱンイウクワイ〕【園遊会】
1 庭園に模擬店や余興場などを設け、多くの客を招いてもてなす会。ガーデンパーティー。
2 天皇・皇后が主催する交流会。国務大臣や最高裁判所長官、知事など立法・司法・行政各機関の関係者に加え、各界の著名人・功績者などを招き、春と秋の2回、赤坂御苑で催される。
[補説]書名別項。→園遊会
えんゆうかい【園遊会】[書名]
《原題The Garden Party》マンスフィールドの短編小説。1922年刊行の短編集「園遊会、その他」に収められている。
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園遊会【えんゆうかい】
庭園で開く接待の宴。英国のガーデン・パーティの訳で,起源は19世紀後半といわれる。花と緑が美しい季節に庭に客を招き軽食と音楽でもてなす。日本では1883年,大隈重信が早稲田の自邸で催したものが最初とされる。天皇夫妻が春と秋の2回,内外の功労者などを赤坂御苑に招くのが皇室園遊会である。1880年の秋に,明治天皇が外交官接待のため,赤坂離宮で観菊会(翌年から春の観桜会)を催したのが始まりで,戦時中は中断されていたが,1953年より園遊会として復活。春の観桜会は戦後,政府主催であったが1965年より皇室の主催となった。毎年春と秋の2回,東京赤坂御苑で催される。招待されるのは毎回2000人前後。
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えんゆうかい【園遊会】
戸外で催す宴会。庭園・屋外に模擬飲食店などを設け、多くの客を招待する祝賀や披露あるいは社交の会。 〔garden party の訳語。「東京日日新聞」(1888年)が早い例。当初は「遊園会」と呼ばれた〕
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えんゆう‐かい ヱンイウクヮイ【園遊会】
〘名〙 (garden party の
訳語) 祝賀、披露、社交などのため、庭園に模擬飲食店や
演芸場を設け、多くの客を招いてもてなす会。
※東京日日新聞‐明治二一年(1888)五月八日「渋沢、阪谷両氏の知人を招きて園遊会を開かれたり」
[
語誌]「郵便報知新聞‐明治一六年四月一七日」に、「昨日は立憲改進党団結の第一週年期に当るを以て、同党総理大隈君の邸に於て
遊園会を開かる」とあり、当初は「遊園会」と呼ばれたことがわかる。
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世界大百科事典内の園遊会の言及
【パーティ】より
…この時間に合わせて客を招き,紅茶とサンドイッチやケーキ,クッキーなどの軽食を供するのがティー・パーティである。19世紀後半の上流階級の間では,夏に催されるガーデン・パーティ(園遊会)も人気があり,飲食のみならず,しばしばクロッケーやアーチェリーなどの女性も参加できる〈上品な〉スポーツを伴った。ニュージーランド生れではあるが,K.マンスフィールドの《園遊会》(1922)に描かれているように,庭に大きなテントを張ったり楽隊を呼んだりもした。…
※「園遊会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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