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北川原温 きたがわら あつし

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北川原温 きたがわら-あつし

1951- 昭和後期-平成時代の建築家。
昭和26年生まれ。昭和57年北川原温建築都市研究所設立。平成13年東京芸大助教授,17年同大教授。20年中村キース・ヘリング美術館で村野藤吾賞,アメリカ建築家協会ジャパンデザイン賞,日本建築家協会日本建築大賞を受賞し,22年日本芸術院賞も受ける。長野県出身。東京芸大卒。主要作品はほかにビッグパレットふくしま(日本建築学会賞作品賞),不知火文化プラザ(日本図書館協会建築賞),岐阜県立森林文化アカデミー(公共建築賞特別賞など)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北川原温
きたがわらあつし
(1951― )

建築家。長野県生まれ。1974年(昭和49)東京芸術大学美術学部建築科卒業。77年、同大学院修士課程修了。82年、北川原温建築都市研究所を設立。2001年(平成13)より東京芸術大学美術学部建築科助教授、05年より同教授に就任。
 北川原温は初期の住宅作品から芸術的な文脈において建築のデザインを行っている。住宅Nadja(ナジャ)の家(1979)はフランスのシュルレアリスト、アンドレ・ブルトンの小説『ナジャ』(1928)を意識したタイトルであるが、コーナー部分に独立した、構造ではないコリント様式の柱をコラージュしていた。1980年代に手がけた、東京・青山近辺の住宅街に建つメトロサ(1989。日本建築家協会新人賞)は小さな集合住宅で、金属彫刻のオブジェを外部壁面や中庭の空間に配して、ファッショナブルな雰囲気とマテリアリティを与えることに成功した。
 北川原は現代美術や文学、演劇、映画などへの嗜好(しこう)を直接、建築のデザインや形態、マテリアルに反映させるとともに、確かなクラフトワークのクオリティを建築デザインと空間にうまく吸収してきた。北川原のシュルレアリスムが明確に建築になったのは東京・渋谷の街なかにうねるような銅板を葺(ふ)いた屋根とアルミダイキャスト(アルミ素材の鋳物)のカーテンで巨大なオブジェをつくったRISEビル(1986)からである。小さなショップやレストランが軒(のき)を連ねる狭く入り組んだ路地、石段、つねに若者で混雑した繁華街の中心部でありながら猥雑(わいざつ)な雰囲気を残すこの敷地は、文学的、演劇的な独特の空間をつくるには絶好の場所であった。また、映画館を含むコンプレックス(複合建築)というプログラムも、この建築に果てしない奥行きを与えることに寄与している。オフィスビルのメトロツアー(1989、東京都)、東日本橋派出所(1992、東京都)、異業種交流型工業都市アリア(1994、山梨県)などがそのほかの代表的な作品である。
 1990年代後半から北川原は、豊昭学園高校(1999、東京都)、不知火(しらぬい)町美術館・図書館(1999、熊本県)、ビッグパレット福島(1998。日本建築学会賞)、木の国サイト情報館(2001、山梨県)、岐阜県立森林アカデミー(2001)、日本ペンクラブ(2002、東京都)など大規模な公共建築を手がけ、クラフト的なディテールから工業化を念頭においたディテールを用いるようになってきている。[鈴木 明]
『北川原温他著『現代建築/空間と方法7――Rise』(1986・同朋社出版) ▽北川原温・稲越功一著『北川原温×稲越功一』(1993・TOTO出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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