( 1 )「書紀‐景行一八年五月」の条に、景行天皇九州巡幸の際、航行中に日が暮れたが火影に導かれて岸に着くことができた。しかし、火の主はわからず、人の火ではないと考え、この地を火の国と呼ぶようになったという。なお、肥の国の地名伝説としては、肥前、肥後の「風土記」に火が天から山に降ったという話もある。この不審火を「しらぬ火」と呼ぶようになった時期は明確ではないが、中世には一般化していたかと思われる。
( 2 )→次項「しらぬい」の語誌
熊本県中部、宇土(うと)郡にあった旧町名(不知火町(まち))。現在の宇城市(うきし)東南部、不知火町地区に当たる。旧不知火町は1956年(昭和31)松合(まつあい)町と不知火村が合併して不知火町となる。2005年(平成17)三角(みすみ)町、松橋(まつばせ)町、小川(おがわ)町、豊野(とよの)町と合併、市制施行して宇城市となった。なお、この合併で行政単位としての宇土郡はなくなった。旧町域は、宇土半島の南東部を占め、そのほとんどが更新世(洪積世)前期火山岩の丘陵・低山地からなる。JR鹿児島本線が通じ、八代海(やつしろかい)(不知火海(しらぬいかい)ともいう)に面する海岸沿いには国道266号が走る。主産業は、ミカン、ブドウを中心にした果樹農業にあるが、丘陵地の広く展開している東半域では、葉タバコ栽培に加えて、水田裏作としてのメロン、トマト栽培が目だつ。他方、西半域では、クルマエビ、ノリの養殖などが盛んである。また、八朔(はっさく)(旧暦8月1日)の深夜に現れる奇現象の火は「不知火(しらぬい)」と崇(あが)められ、現在では、装飾古墳(桂原(かずわら)古墳)、宇土藩主細川興文(おきのり)の別荘蕉夢庵(しょうむあん)などとともに有力な観光資源になっている。
[山口守人]
九州の八代海(やつしろかい)(不知火海ともいう)と有明海(ありあけかい)で見られる漁火(いさりび)の異常屈折現象をいう。昔は八代海方面が本場であったが、現在は有明海のものが有名。出現の条件としては、月のない午前3時前後の大潮の干潮時がよく、それは旧暦の月初めか月の終りごろにあたる、とくに旧暦の8月朔(ついたち)と12月末には光源となる漁火の数が多く、他の月の出現よりは注目される。出現時間はおよそ2時間半である。
遠浅の干潟の部分の水温は下がっても、沖の深みの水温は下がらず、両所で3℃くらい水温の違う場合、微風が吹くと、付近の海域は密度の異なる小気塊で満たされ、それらがレンズと同じ働きをして、光源からの光が左右に屈折し、その結果一つの漁火がいくつかに分かれたり、または併合したりして明滅するのである。『万葉集』に筑紫(つくし)の枕詞(まくらことば)として、白縫、斯良農比、之良好日などとあるが、その後、不知火が使われるようになるまでの間に、数百年間このことばが用いられなかった時期があるので、現在いわれている不知火は前の枕詞とはいちおう別のことと考えられる。不知火はこの地方では千灯籠(せんとうろう)とか竜灯(りゅうとう)ともよばれ、昔は出現すると御神酒(おみき)をあげ三味線・太鼓でにぎわったという。また不知火のよく出現した年は漁がよいという俗信もある。
[根本順吉]
光の異常屈折のために,一点の漁火(いさりび)でも左右に細長くのびて見える現象。九州の八代海(別名不知火海)や有明海で夏の朔日(さくじつ)(旧暦の1日で大潮になる日),特に八朔(旧暦8月1日)によく見られる。この現象は《日本書紀》景行紀にも記され,古くから知られていたが,その正体が不明のまま不知火といいならわされてきた。1937年宮西通可(1892-1962)が現地の観測と室内実験で,不知火現象のおこる機構を説明した。すなわち,所々に澪(みお)(水路)のある遠浅の海で,夜に潮が大きく引いて,干潟と澪が現れている時には,干潟の砂の上の空気は冷たく,澪の上の空気は暖かく温度差が大きくなる。ここに風が吹いていると,たくさん並んだ空気の柱状渦の列ができる。柱状渦の先方に漁火があり,柱状渦の軸方向の手前からその漁火を見ると,柱状渦はレンズの働きをして,一点の漁火でも横に広がった光の列となり,空気の動きに応じて揺れて見えるというのである。
執筆者:畠山 久尚
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…《日本書紀》には,景行天皇の船が,夜暗くして着岸が困難であったとき,遥かに火の光を見て無事陸に着くことができたので,その地八代県(あがた)豊村を火の国と名づけたという地名由来伝承をのせる。また《肥前国風土記》には,肥君らの祖,健緒組が土蜘蛛(つちぐも)を討ったとき,不知火(しらぬい)が天から降ったため,火の国としたという伝承をのせている。これらから,肥君の本拠,肥後国八代郡肥伊郷付近より起こって肥(火)の国の名がつけられたものであろう(八木田政名《新撰事蹟通考》)。…
※「不知火」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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