十人組(読み)ジュウニングミ

デジタル大辞泉 「十人組」の意味・読み・例文・類語

じゅうにん‐ぐみ〔ジフニン‐〕【十人組】

安土桃山時代から江戸初期にかけて、近隣10戸を単位とした自治組織
十人両替じゅうにんりょうがえ

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精選版 日本国語大辞典 「十人組」の意味・読み・例文・類語

じゅうにん‐ぐみジフニン‥【十人組】

  1. 〘 名詞 〙 近世につくられた十人(十軒)をひとつの単位とした共同組織。その目的に応じて種々の十人組が存在した。
  2. 徳川幕府慶長八年(一六〇三)に京都の町につくった連帯責任を負う相互検索制度。
  3. 近世、十軒を一組として五人組と同じく治安維持、貢納の連帯責任をおわせた相互扶助、相互検索制度。
    1. [初出の実例]「百姓拾人くみに判形つかせ可申事」(出典:公室年譜略‐慶長一三年(1608)一〇月二日)
  4. じゅうにんりょうがえ(十人両替)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「十人組」の意味・わかりやすい解説

十人組
じゅうにんぐみ

江戸時代初期の隣保組織。のちの五人組起源で,慶長~元和年間 (1596~1624) 頃,治安維持,逃散 (ちょうさん) 防止などのため,大名家臣団や,都市農村住民の間に設けられた。その先駆的な例として慶長2 (1597) 年豊臣秀吉が諸大名に侍五人組,下人十人組をつくらせている。

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世界大百科事典(旧版)内の十人組の言及

【五人組】より

…この制度は律令国家の五保(ごほ)に淵源する。創置は1597年(慶長2)3月7日付け豊臣秀吉〈御掟〉で京都の治安対策上定められた五人組,十人組である。慶長期以降,大名領などに十人組が存在し,のち五人組に改組される事例がみられる。…

※「十人組」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」