千眼寺(読み)せんげんじ

日本歴史地名大系 「千眼寺」の解説

千眼寺
せんげんじ

[現在地名]米沢市窪田町窪田

まつ川西岸に所在。普光山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来。上杉氏の重臣色部長真が越後岩船いわふね平林ひらばやし(現新潟県岩船郡神林村)に建立し、同家の菩提寺としていた。慶長六年(一六〇一)上杉氏移封に伴い当地に移住した色部光長が当寺を移建したと伝える。文政一三年(一八三〇)伽藍が再建された。境内に保呂羽権現を祀る保呂羽堂がある。同権現は色部家の先祖が戦のとき道に迷い雉子に導かれて助かったが、この雉子が保呂羽権現の使者であるといい、越後の千眼寺に奉祀されたとされる。同堂には雉子の絵馬多く奉納されている。


千眼寺
せんげんじ

[現在地名]館林市仲町

市街のほぼ中央にあり、医王山と号し真言宗豊山派、本尊は千手観音。貞永元年(一二三二)僧英弁の開山で創建されたと伝える。「館林城覚書」「館林記」などによると、戦国期にのちの館林城下となった地にあった唯一の寺とされる。延宝二年(一六七四)の城下町図にみえ、東に接し末寺聖天しようでん院があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む