単一遺伝子の異常による疾患

内科学 第10版 の解説

単一遺伝子の異常による疾患(遺伝子疾患)

(1)Mendel遺伝の様式
 罹患者の家系図をみることでMendel遺伝形質が判別できるといっても,1つの家系を調べただけで,ある疾患形質の遺伝様式を確定することはほぼ不可能である.そのおもな理由は,ヒトの家族の規模には限界があり,罹患状況の情報源として利用できる人数が少なすぎるからである.
 ある形質(trait)が,ヘテロ接合体(特定の遺伝子座に2つの異なる対立遺伝子をもつ)の人に現れるのであればその形質は優性(dominant)であり,そうでない場合は劣性(recessive)である.ヒトの優性遺伝病のほとんどは,ヘテロ接合体でしか知られていない.両親ともにヘテロ接合体の罹患者で,その子供がホモ接合体であるケースもときに報告されているが,一般的にそのようなケースは重症であることが多い.遺伝学者は,ヘテロ接合体が2つのホモ接合体(疾患型と野生型の2種類)の中間の表現型をとる場合には半優性(semi-dominant)とよび,疾患型のホモ接合体と区別できない場合のみを優性とよぶことが多い.
 Mendel遺伝形質は,常染色体あるいは性染色体(XおよびY染色体)上の遺伝子座によって決定される.両性別での常染色体性形質と,女性でのX連鎖性形質では,個々人は1つまたは2つの注目する対立遺伝子をもち,優性,劣性いずれの遺伝様式をも取り得るが,複数の遺伝的に異なるY染色体をもつ個体は存在しない.したがって,典型的なMendel遺伝の様式には5種類あることになる(常染色体の優性と劣性遺伝,X連鎖性の優性と劣性遺伝およびY連鎖性遺伝).ただし,X染色体不活化が,X連鎖性の優性遺伝と劣性遺伝の区別をあいまいにする点に注意が必要である.哺乳類では,雌雄の体細胞におけるX染色体数の不均等を補正するため,雌の細胞で活性のあるX染色体が1つだけとなるように,2本のうち一方のX染色体がランダムに不活性化されており,この現象をX染色体不活化という.この不活化は胚発生段階の早期に起こり,ある体細胞でいずれかのX染色体が不活性化されると,そのクローンであるすべての娘細胞に,その選択(いずれのX染色体が不活性化されたか)が受け継がれていく.したがって,優性ないし劣性のX連鎖性形質についてヘテロ接合体である女性では,X
染色体不活化により,正常または異常な対立遺伝子のいずれか一方のみを個々の体細胞が発現しているため,正常組織と異常組織が混在した状態(モザイク)を呈することとなる.
(2)1遺伝子1酵素仮説と異質性
 Mendel遺伝病は,最も単純なモデルとして,疾病の遺伝機構の究明に大きく貢献してきた.その拠り所として1941年にBeadleとTatumにより提示された仮説が“1遺伝子1酵素仮説(one gene-one enzyme hypothesis)”である.この仮説は,遺伝子が疾患形質を決定づけるという概念を理解するうえで大きなインパクトを与えたが,現在では,多様な遺伝子機能の一部を記述するにすぎないととらえられている.すなわち遺伝子がすべて1対1対応で酵素に翻訳されるわけでなく,酵素でない蛋白質をコードする遺伝子があること,蛋白質に翻訳されないRNAをコードする遺伝子があること,そして多くの蛋白質が別々にコードされた複数のポリペプチド鎖から構成されていること,などが明らかとなるにつれて,上記の仮説は拡大解釈されるようになった.
 家系図からみてMendel遺伝の表現型であることが判明しているものの大半は,単一の転写単位(すなわち遺伝子)に機能障害を及ぼす変異の影響をみている可能性がある.しかし,1遺伝子1酵素仮説とは相容れない3種類の「異質性」の存在することが知られている.1つ目は‘遺伝子座異質性’であり,同一の臨床的表現型が,複数の異なる遺伝子座のいずれかの変異で生ずることをいう.たとえば聴力障害と進行性失明を呈するUsher症候群,病的不整脈から突然死を生じ得るQT延長症候群などにおいて,多くの遺伝子が関与する病態生理学的経路(パスウェイ)のいずれの遺伝子に欠陥があっても同一の表現型をきたしうる.2つ目は‘対立遺伝子異質性’であり,ある遺伝子座に病因となる多様な対立遺伝子が存在することをいう.その典型例は機能喪失性変異によるものであるが,多くの遺伝性疾患でみられる.3つ目は‘臨床的異質性’であり,同一遺伝子座の変異が,見かけ上まったく異なる複数の疾患を引き起こすことをいう.同一遺伝子であっても変異の種類が異なることにより,一方では機能喪失性の,他方では機能獲得性の効果をもたらすことがある.その顕著な例はRET(ret proto-oncogene)遺伝子にみられ,同遺伝子座の機能喪失性変異がHirschsprung病の一因となる一方,その機能獲得性変異が家族性甲状腺髄様癌と多発性内分泌腺腫瘍2型(MENタイプ2)という,まったく異なる疾患(群)を引き起こす.
(3)Mendel遺伝の複雑化要因
 疾患形質では,孤発例および非浸透がしばしばMendel遺伝のパターンを複雑化し,特に優性遺伝病において,遺伝カウンセリング(後述)という観点から大きな落とし穴になる.孤発例というのは,一見すると,特定の遺伝的変化で生ずる疾患の表現型とほとんど区別できないものの,非遺伝要因(主として環境要因)により孤立して発生した症例をいう.一方,非浸透というのは,注目する疾患遺伝子の変異を実際にもちながら,一生を通じて変異の影響がみられない(すなわち疾患を発症しない)ことである.ここで,ある形質の浸透率(penetrance)とは,当該の遺伝子型をもつ個体にその形質が現れる確率と定義される.明確な1対1対応を示すことが判明している疾患遺伝子の変異であっても,特有の遺伝的背景や生活様式,その他の偶発的要因によって,予期する疾患形質が現れないこともある.また成人発症性ないし晩発性疾患(Huntington病など)においては,たとえ遺伝子型をもっていても,しかるべき年齢に達するまで表現型が現れず,その浸透率は年齢に相関することになる.さらに疾患の原因遺伝子変異が完全に解明されていない状況下では,真に非遺伝要因で生じた症例(孤発例)であるのか,それともきわめて浸透率の低い“未知の”原因遺伝子(の変異)の結果であるのか,が判断できない.
 親から受け継いだ2つの対立遺伝子のうち,いずれを発現するかが,あらかじめ決まっている遺伝子がある.発現抑制される対立遺伝子が,常に父親由来である遺伝子もあれば,常に母親由来である遺伝子もある.このように,どちらの親に由来するかにより,特定の遺伝子座における対立遺伝子の発現に違いが生じることをゲノム・インプリンティング(imprinting,刷り込み)という.この現象(仕組みや機能・進化上の目的)はいまだ十分に解明されていないが,特定の対立遺伝子に関する親の由来が,何らかの方法で標識されており,エピジェネティックな違い(親から子へと受け継がれる表現型の変化のうち,塩基配列の違い(すなわち遺伝的な違い)には依存しないもので,精子と卵のメチル化の違いが最もよく理解されている)ととらえられている.前述したX染色体不活化もエピジェネティック変化によるものである.
 同様に,どちらの親由来かが考慮されるべき遺伝現象として,ミトコンドリア遺伝があげられる.ミトコンドリアDNAは核DNAに比べて小型であるが,非常に変異を生じやすく,ミトコンドリア遺伝子の変異はヒトの遺伝病の重要な原因となっている.またミトコンドリアを介する疾患は母親からしか子供に伝わらない(母性遺伝)ため,家系図において特徴的なパターンを生ずる.
(4)ポジショナル・クローニング(図1-3-3)
 Mendel遺伝の疾患遺伝子を同定するための方法は,おおまかに候補遺伝子アプローチ(順行遺伝学)とゲノムスキャン(逆行遺伝学)に分類されることが多い.前者が何らかの‘機能情報’に依存するのに対して,後者はゲノム上の‘位置情報’に依存するアプローチである.歴史的にみると,1980年代以前に疾患遺伝子として同定されたものは,ごく少数であったが,そのすべては生化学的な基礎情報がすでに知られていて,精製された遺伝子産物などを活用した候補遺伝子アプローチによるものであった.そして1980~1990年代に飛躍的な技術革新とその研究成果としてのゲノム情報の蓄積に伴って,連鎖解析を利用したゲノムスキャンが実施可能となり,同定される疾患遺伝子の数も増加しはじめた.ポジショナル・クローニングというのは,ゲノムスキャンなどを通じて見出された,おおよその染色体位置に関する情報のみを頼りにして,疾患遺伝子を同定する方法である.特にその草分け的研究となったのは,1980年代に行われたDuchenne型筋ジストロフィ(OMIM#310200)のポジショナル・クローニングであり,多くの困難を乗り越えて,未知の疾患遺伝子をクローニングするという偉業が達成された.ポジショナル・クローニングにおける最優先の課題は,推定される候補領域を可能な限り絞り込むことであり,それは(特にMendel遺伝病の場合)研究に利用できる減数分裂の数,すなわち適切な罹患家系を十分な数だけ収集できるか否かによって決まる.ある程度の範囲までうまく絞り込めたとしても,依然として候補領域内には相当数(ときに数十~数百個)の遺伝子が存在するため,そのリストから,疾患と関連する適当な組織発現パターンや適当な機能をもつ遺伝子を見つけ出す必要がある.その際,当該領域内に既知の候補遺伝子が見当たらない場合,新規の遺伝子を探索することとなり,その手がかりの1つとして,関連した表現型を示す既知の疾患遺伝子との相同性(ヒトでのパラログ)に関する情報を利用することもある.また散発例の多い疾患では,連鎖解析による候補領域の絞り込みがあまり有用でなく,染色体異常をもつ症例の発見が病因遺伝子に直接到達するための唯一の手段となる.[加藤規弘]

文献加藤規弘:ゲノムワイド関連解析(GWAS).動脈硬化予防,10(3),98-99,2011.
Strachan T, Read AP: Chapter 15 複雑な疾患の遺伝的マッピングと同定.ヒトの分子遺伝学第4版(村松正實,木南 凌,他監訳),pp537-569,メディカルサイエンスインターナショナル,東京,2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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