内科学 第10版 の解説
Hirschsprung病(先天性腸疾患)
病因・病態
腸管神経節細胞を先天的に欠如することにより生じる腸管運動障害とそれに随伴する症状を主体とする小児疾患であるが,成人となってから診断される例もみられる.出生3000に対して1例の発生がみられる.
胎生8週までに神経堤から腸管に移動する神経堤細胞(neural crest cell)は口側から肛門側に移動しながら生着し,神経節細胞に分化しつつMeissner神経叢およびAuerbach神経叢を形成する.Hirschsprung病では神経堤細胞の肛門側への移動が障害され,その結果移動が停止した部位より肛門側の腸管は神経節細胞を欠如することとなる.神経節細胞を欠如する下位の腸管はnarrow segmentとよばれ狭小となり,正常な蠕動運動は障害されているため腸管内容の移送は行われない状態となる.そのため,口側の腸管は肥大拡張し,別名先天性巨大結腸症ともよばれる.無神経節腸管には外来神経線維の増生が粘膜までみられ,これらはAChE陽性である.また,無神経節腸管ではアドレナリン作動性神経も増生していることが報告されている.しかしこれらの神経伝達物質の過剰がnarrow segmentの原因ではなく,無神経節腸管が狭小となっている原因は,この部位の腸管が非アドレナリン非コリン性抑制神経(NANC)であるNO作動神経を欠如するために腸管の弛緩がみられないためである.Hirschsprung病にはいくつかの遺伝子異常が報告されており,特にRet,エンドセリンおよびその受容体遺伝子,SOX10の遺伝子異常が報告されている.これらの遺伝子異常は家族発症のHirschsprung病では50%程度にみられるが,全体としては約20%にとどまっている. 腸管の運動にかかわるCajal細胞についてはHirschsprung病腸管における所見が一定ではなく,いくつかの異なる報告がみられる.
臨床症状
排便障害による腹部膨満と嘔吐が一般的な症状であり,多くは生直後より発症する(図8-5-1).胎便の排出が生後24時間以内に得られないことも多い.神経節細胞を欠如する腸管は正常な蠕動を欠如するため,腸管内容は肛門側に移送されず,正常な排便運動が起こらない.このため口側腸管は拡張し患児の腹部は強く膨満する.この状態が改善されないと腸炎を併発し,さらにbacterial translocationから敗血症に至るきわめて重篤な状態となる.Hirschsprung病全体の約70%の症例が直腸-S状結腸までの無神経節であるが,結腸全体に及ぶ全結腸型の症例や,小腸に病変が及んでいる広範囲腸管無神経症もみられる.しかし,症状の重篤度は必ずしも無神経節腸管の長さに依存せず,無神経節の長さが短い症例で重篤な排便障害を示したり,全結腸型のHirschsprung病でも排便がみられることが知られている.
診断
注腸造影による狭小腸管とその口側に存在する拡張腸管との間の口径差(caliber change)の描出と,直腸生検による腸管壁内神経節細胞の欠如の証明がこれまで確定診断としてあげられてきたが(図8-5-2),直腸肛門内圧測定による内肛門括約筋抑制反射(直腸肛門反射)の欠如(図8-5-3)と,組織化学検査による直腸粘膜のAChE活性陽性外来神経線維の増生(図8-5-4)により診断されることが現在は一般的である.無神経節の長さについては特に病変が小腸に及ぶ例では画像診断は困難な場合が少なくない.
治療
本症の治療の原則は無神経節腸管の切除と口側の正常腸管のプルスルーである.1994年以降に腹腔鏡(補助)下手術が行われるようになり,さらにそれを発展させた経肛門術式が主流を占め,標準術式としての地位を獲得している.広範囲腸管無神経節症に対する治療については中心静脈栄養によるサポートが必須であり,腸管延長手術と人工肛門の組み合わせや,結腸の一部と小腸の側々吻合術式などが採用されている.さらに,病変が全腸管に及ぶ例では小腸移植の適応となる.外科治療に随伴する出血や縫合不全による合併症を除き,本症の治療後に問題となるのは術後の内肛門括約筋のアカラシアとプルスルーされた腸管の運動異常による排便障害である.術中の迅速病理診断は切除範囲の決定に必須である.
腹腔鏡下手術の採用により,生後1カ月程度で一期的根治手術が行われるようになり,特に症例の大半を占める直腸-S状結腸型では,重篤な腸炎の症例を除き,肛門からのブジーと洗腸により人工肛門造設は不要となっている.最近,無神経節腸管に対する幹細胞移植が新しい治療法として研究されている.いまだヒトに対する臨床試験は行われていないが,特に広範囲腸管無神経節症に対する小腸移植に代わる治療を目指して研究が行われている.[森川康英]
■文献
Georgeson KE, Fuenfer MM, et al: Primary laparoscopic pull-through for Hirschsprung’s disease in infants and children. J Pediatr Surg, 30: 1017-1021, 1995.
Martin LW: Total colonic aganglionosis; preservation and utilization of the entire colon. J Pediatr Surg, 13: 635-637, 1982.
Soave F: Hirschsprung’s disease; a new surgical technique. Arch Dis Child, 39: 116-124, 1964.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報