単純ヘルペスウイルス

内科学 第10版 「単純ヘルペスウイルス」の解説

単純ヘルペスウイルス(ウイルス感染症)

(1)単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)
概念
 ヒトを宿主とするヘルペスウイルス(human herpesvirusHHV)属には8種類のウイルスがある(表4-4-2).ヘルペスウイルス属は,初感染後に潜伏持続感染し,再発(回帰発症)しやすいという特徴をもつ.単純ヘルペスウイルスは1型と2型に分けられ,前者は主として頭頸部や上胸部に発症し口唇ヘルペス,後者は腰部以下の発症に関与することが多く性器ヘルペスの原因ウイルスとして知られている.
病因
 ヘルペスウイルスα亜科に属する単純ヘルペスウイルス(HSV)の感染によって,初感染と再発(回帰発症)が起こる.1型(HSV-1)は口唇ヘルペスの原因ウイルスとして知られ,主として唾液を介した接触感染や飛沫感染によって感染することが多い.2型(HSV-2)は性器ヘルペスとして,ウイルス排出者の性器を介した接触感染が原因となることが多い.しかし,口腔性交によってHSV-1によって性器ヘルペスを発症することもある.
疫学
 1型(HSV-1)の多くが幼小児期に不顕性感染し,成人の抗体保有率は先進国で約70%,開発途上国では100%近くに達する.2型(HSV-2)は,青年期の性行為活動開始によって感染が増えるが,成人の抗体保有率は2~10%程度にとどまる.しかし性感染症として広がる2型では,性行為の状況によって感染率が異なり,HIV感染者や風俗店従業員における抗体保有率は60~95%に達する.また近年は,幼小児期での初感染減少によって成人感受性者が増え,口腔性交も増加していることにより,成人での初感染例やHSV-1による性器ヘルペスが増加してきている.
病態生理
 単純ヘルペスウイルスは,口腔や陰部などの粘膜,あるいは潰瘍のある皮膚から侵入する.初感染の多くは不顕性感染として経過するが,発熱や皮膚粘膜の水疱病変を発症することがある.その後,ウイルスは三叉神経節や仙髄神経節などの神経節に潜伏感染を続けることとなる.この潜伏したウイルスは,さまざまな刺激(ストレス,紫外線,発熱,外傷免疫不全など)が誘因となり再活性化される.このような再発(回帰発症)によって,局所に水疱性病変を発症したり,無症候性にウイルスを排出することがある.
臨床症状
 初感染の多くは不顕性の経過をとり,そのまま潜伏感染が持続することになる.しかし,初感染でも,乳幼児にみられるヘルペス性歯肉口内炎,Kaposi水痘様発疹症とよばれるアトピー性皮膚炎などに出現する皮膚病変,ヘルペス性角結膜炎,そして無菌性髄膜炎や脳炎など,比較的重い症状をきたすこともある. 性器ヘルペスでは,感染の2~7日後に性器にかゆみや痛みを伴う水疱性病変が出現する.やがて水疱が破れて有痛性の潰瘍となることや,鼠径リンパ節腫脹などを伴うことがある.母親が性器ヘルペスを発症すると,新生児にも感染することがある.男性同性愛者などの肛門性交による感染では,肛門部や直腸部にも病変が出現する. 再発(回帰発症)の場合には,初感染よりも軽症にとどまることが多い.さまざまな誘因によって,口唇ヘルペス,性器ヘルペスなどが,同部位に繰り返し発症することがあるが,通常は無治療か経口薬の短期投与で軽快する.しかし,眼感染,中枢神経感染,あるいは免疫不全者における感染においては,再発でも重症化することがあるため注意が必要である.
診断
 臨床症状,皮膚や口腔粘膜疹などの病変により本症を疑う.蛍光抗体法による単純ヘルペスウイルス感染細胞の検出,PCR法やLAMP法による核酸増幅法によるウイルスDNAの検出などが確定診断に有用である.ペア血清での抗体価上昇によって血清学的な診断も可能であるが,再発(回帰発症)の診断は難しい.
治療・予防
 軽症であれば自然軽快することも多く,対症療法による経過観察も可能である.単純ヘルペスウイルスの治療薬としては,アシクロビルや同剤のプロドラッグ製剤であるバラシクロビルが使用される.脳炎などの重症例や免疫不全例に対してはアシクロビルの静注製剤が選択されることが多い.また,再発を繰り返す性器ヘルペスに対しては,経口薬の予防投与が行われることがある.これらの治療では,症状改善や合併症の予防効果は期待できるものの,潜伏感染している単純ヘルペスウイルスを排除することはできない.[今村顕史]
■文献
CDC: Sexually Tranmitted diseases treatment guidelines 2010, MMWR, 59 (No.RR-12) : 20-25.
Gupta R, Warren T, et al: Genital herpes. Lancet, 370: 2127-2137, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の単純ヘルペスウイルスの言及

【ヘルペス脳炎】より

…ヘルペスウイルスにより脳に急性炎症性の病変をきたす疾患。脳炎を起こすヘルペスウイルスとしては,単純ヘルペスウイルス,帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスなどがあるが,以下は単純ヘルペス脳炎について述べる。 単純ヘルペスウイルスは1型と2型があるが,この疾患は1型ウイルスにより起こる。…

※「単純ヘルペスウイルス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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