翻訳|saliva
俗に〈つば(唾)〉〈つばき〉ともいい,口外に流れ出た唾液を〈よだれ(涎)〉という。大部分は耳下腺,顎下腺,舌下腺から,一部は口腔内の多数の小唾液腺から分泌される無色・無味・無臭の液体。唾液の分泌速度は,食事などによりかなり変動するが,正常成人では約1~1.5l/日である。とくに食物をとらなくとも,ある程度の唾液はつねに分泌されており(約0.4ml/分),その約70%が顎下腺,25%が耳下腺,5%が舌下腺に由来する。食事をとると分泌速度は高まるが,とくに耳下腺の分泌増加が著しい。唾液のおもな有機成分は唾液アミラーゼ(プチアリンptyalin)とムチンmucinである。プチアリンは加熱デンプンに作用して麦芽糖に分解する。この酵素の最適pHは約6.9で,塩素イオンCl⁻により活性化される。ムチンは顎下腺と舌下腺から分泌される数種のムコタンパク質の総称で,食塊および粘膜表面を滑らかにする。唾液の電解質組成は分泌速度により異なる。ナトリウムイオンNa⁺,Cl⁻,炭酸イオンHCO3⁻の濃度は分泌速度が増すほど高まるが,カリウムイオンK⁺の濃度は逆に低下する。これは,分泌された唾液の原液が導管を通過する間に,はじめの三つのイオンは再吸収されるのに反しK⁺は導管からの分泌が加わるためである。分泌速度が高いと再吸収や分泌の時間が短くなるから,普通なら再吸収されるイオンの濃度は高まり,分泌の加わるイオンの濃度は低下する。唾液のpHは,分泌速度の低いときは5.5~6.0だが,速度が増すにつれてpHも上昇し,最高7.8にも達する。
唾液の生理的役割は,(1)食物成分を溶かして味蕾(みらい)を刺激し,味覚をおこし食欲を促す。これにより消化管の運動と分泌が反射的に高まる,(2)デンプンの消化,(3)口腔内をうるおし,くちびると舌の動きを滑らかにして発声,咀嚼(そしやく),嚥下(えんげ)を助ける。また口腔内と歯を清浄に保つ。唾液の分泌は舌咽神経と顔面神経中の副交感神経の支配を受ける。副交感神経刺激によって多量の唾液が分泌され,同時に唾液腺の血管は拡張し血流量が増加する。この血管拡張は局所で遊離されたブラジキニンbradykininというポリペプチドの作用による。味覚刺激が加わると反射的に唾液分泌がおこる。また唾液分泌反射は容易に条件づけができる。食物を見たり,そのにおいをかいだり,さらに食物を思い浮かべるだけで唾液が出てくるのは条件反射である。また,唾液が過剰に分泌されている状態を〈なまつば〉という。
吐き気が起こったときや胃炎などのときに,唾液腺を支配する副交感神経を遠心路とする反射によってひき起こされる。妊娠時の〈なまつば〉は1日4~5lに及ぶことがあるが,その機構は明らかではない。唾液腺には交感神経も分布しており,この奮興によって少量の粘稠な唾液が分泌される。〈固唾(かたず)を飲む〉の固唾はこの唾液をさすものと思われる。なお唾液に関する病気としては,唾液減少症,流涎(りゆうぜん)症などがある。
→唾液腺
執筆者:東 健彦
唾液の性状は動物の種類によって異なり,それぞれの動物の食性と深い関係がある。一般に脊椎動物の唾液中には高濃度のα-アミラーゼがあるが,ブタ,クマおよび反芻(はんすう)類には少なく,ネコやイヌなどの肉食獣では存在しない。ただし肉食動物でも,カエルの唾液中にはアミラーゼが見いだされている。昆虫のカイコやゴキブリなどの唾液には炭水化物以外にタンパク質や脂肪を消化する働きもあるが,ハエや甲虫にはこのような酵素活性をまったく欠くものもある。カタツムリのような植食性の巻貝類は各種の炭水化物分解酵素をもっている。これにたいして肉食性の巻貝にはタンパク質分解酵素をもつほかにアスパラギン酸や1規定以上の濃度の硫酸を出して餌動物の貝殻を溶かすものもいる。ある種の昆虫,ムカデ類,ヘビなどは消化酵素とともに毒物を出して餌動物を麻痺させる。また吸血性の動物の唾液中には抗凝血物質や溶血物質の存在が知られ,ヒルにある抗凝血物質はヒルジンと呼ばれている。
唾液の分泌量のとくに多い例として反芻動物があげられる。たとえば1日にヤギ,ヒツジは6~16l,ウシは100~200lを分泌するが,これは体重の約1/3に相当する。動物体は体重のおよそ2/3の水を含んでいるから含水量の約1/2が唾液として出される計算になる。この多量の唾液は乾草のような乾燥した食物とまぜあわされることによって,これを嚥下しやすくするとともに瘤(こぶ)胃・網胃の共生微生物によるセルロース分解・発酵のためのよい環境をつくるのに役だっている。唾液中には多量の重炭酸塩類が含まれていて発酵によって生じた有機酸を中和し,その結果胃内容のpHは6.5くらいに保たれている。また肝臓でタンパク質が分解して生じた尿素は血液中から唾液腺に吸収されて分泌され,共生微生物のタンパク質合成に利用される。
執筆者:佃 弘子
中国では古来,唾液と腎とは精気に関連するとみた。《黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)》遺篇刺法論に,慢性腎疾患の際は寅の刻(午前4時ころ)南面して座し,雑念を去って7回静かに呼吸しつつ顎を引いて息を飲みこめば,舌下に唾液が多量に出てこれを嚥下することにより腎疾患が治る,とある。〈腎者作強之官。伎巧出焉(腎は作強の官・伎巧焉(これ)に出づ)〉(李念莪《内経知要》)。精気を蔵する腎は五液をつかさどる。《和漢三才図会》によれば,肝に入って泪(なみだ)となり,肺に行くのは鼻汁,脾に入るのは涎,心臓に行けば汗で,腎自身にあるのが唾液である。この腎液である唾液が舌下の二穴より流出し,別称〈霊液〉ともいう。したがって,唾液をたくさん吐きすてれば精気をそこなって肺病になったり皮膚が枯涸してしまうと考えられた。唾液中にあるパロチンというホルモンは間葉系組織の生理的な発育と栄養に役立ち,緒方知三郎によれば強精効果もあるという。《玉房指要》には彭祖(ほうそ)の言として,五臓が分泌する液は舌に集まるので,神農(しんのう)のころの雨をつかさどる仙人赤松子のように美女の唾を飲めば穀類をとる必要がなく,交接の最中に女性の舌を吸って唾液をたくさん飲みこめば胃炎や乏尿に効き,皮膚は潤って〈姿処女のごとし〉とある。
エジプト神話の中では,テム神の唾からシュー神とテフヌート神が生まれてくる(W. バッジ《エジプト人の神々》)。またセトの攻撃を受けて太陽神ラーが目に重傷を負ったときには,トートが唾をつけて治した(〈死者の書〉)。以来,予言者の子孫や聖人の唾には病をいやす力が備わっていると考えられるようになった。唾には呪詛の力もあり,現代アフリカの諸部族に今も残る唾のさまざまな習俗について,バッジは《オシリス》の中で1章を割いて報告している。唾の治癒力はキリスト教でも信じられ,イエスが聾啞者の耳に指を入れ,舌を自分の唾で潤し,天を仰いで〈エパタ〉と唱えたら耳が開き,舌のもつれが解けて話せるようになったとか(《マルコによる福音書》7:33~35),盲人の目に唾をつけて手を当てたり(同上8:23),唾でこねた泥を目に塗ったら(《ヨハネによる福音書》9:6)目が見えるようになった,などと伝えている。日本では上述の《和漢三才図会》に,夜道を行くときに睫(まつげ)を唾でぬらせば狐狸の災いを避けられるという,まさに“眉唾”ものの俗信が述べられている。
唾液は味覚刺激により反射的に分泌が促進され,酸味刺激により最も多量に分泌される。また条件づけが簡単なので,パブロフが犬で行った聴覚刺激による条件反射実験などがある。落語《しわい屋》は,梅干しをにらみ口中にすっぱい唾がたまった勢いで飯を食べる例をあげるが,古くは中国の三国時代,魏の曹操が三軍の渇をいやすため,前方に大梅林があるからそこで休息すると偽った軍令を下し,兵士はみな口中に唾を含んで渇を忘れたという。
→汗
執筆者:池澤 康郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
口腔(こうこう)内に開いている諸種の唾液腺(せん)から分泌される混合液をいう。哺乳(ほにゅう)類の唾液腺には普通三対の大唾液腺(耳下腺(じかせん)、顎下腺(がくかせん)、舌下腺)と多数の小唾液腺(口唇腺、舌腺、頬(きょう)腺、口蓋(こうがい)腺)がある。耳下腺はタンパク質や酵素に富んだ粘性の低い漿液(しょうえき)性のものを分泌し、顎下腺、舌下腺は漿液性のものと、タンパク質や酵素の少ない粘液性のものとの両方を分泌する。唾液は無味、無色、無臭で、多少粘稠(ねんちゅう)性があり微アルカリ性で、水素イオン濃度(pH)はウマ、ブタで7.4、イヌで7.5、ウシで8.3。比重は1.004~1.007。成分は水、ムチン、プチアリン(アミラーゼ)、アミノ酸、尿素、尿酸などのほか、ナトリウム、カルシウム、カリウムなどの無機塩である。デンプンを分解する消化酵素のプチアリンは、ウマ、ヒツジ、ヤギなどを除く草食動物にはあるが、肉食動物にはほとんど認められない。唾液のおもな生理作用は、口腔の乾燥を防ぐ、食物のそしゃくや嚥下(えんげ)を円滑に行うのに役だつ、消化を若干行う、食物中の味質を溶解して味覚を誘発し、そしゃく運動や消化液の分泌を促進する、などである。鳥類の唾液腺は一般に小さく簡単で、唾液は食物に湿り気を与えたり飲み込みやすくするにすぎないが、キツツキや食肉鳥類ではかなり発達している。キツツキが長い舌に粘い唾液をつけて穴に差し込んで餌(えさ)の昆虫をなめ取ったり、アマツバメ類が唾液で巣を固めたりするのは唾液の変わった作用である。ヘビ類はよく発達した唾液腺をもつが、毒ヘビの場合、唾液腺のあるものは毒を製造する。
無脊椎(むせきつい)動物では唾液腺は口腔または咽頭(いんとう)に開口する。ある種の貝の唾液腺からの分泌物には塩酸や硫酸が含まれ、また吸血昆虫やダニでは血液凝固物質や溶血素が含まれる。
このように唾液の組成や機能は動物の種類によってさまざまに異なっている。
[内堀雅行]
唾液腺からの分泌物で、俗に「つば」「つばき」ともいう。口腔(こうくう)には、耳下腺、顎下腺、舌下腺の三つの大きな唾液腺(大口腔腺)のほか、小さな口腔腺(小口腔腺)が分布しており、分泌物を出している。これらの分泌物の混合したものが唾液である。唾液は粘り気のある無色の液体で、99.3%の水分、0.3%のムチンのほか、有機物、無機物がそれぞれ0.2%ほど含まれている。比重1.002~1.008、pH5.4~6.0であり、放置すると二酸化炭素を出し、アルカリ性となる。このときリン酸カルシウムが沈殿して歯に歯石ができる。なお、分泌速度が増すとpHは7.8にもなる。無機物のうちナトリウム、重炭酸塩、クロールは、唾液の分泌量が増えるにつれて含有量も増すが、カリウムは分泌量と関係なく含量も少ない。有機物をみると、耳下腺からの唾液には糖質分解酵素であるプチアリンが含まれており、舌下腺や顎下腺ではムコタンパク質が含まれている。したがって、耳下腺からの分泌液は漿液性で、消化酵素を含み、舌下腺、顎下腺からの分泌液は粘性のある液となる。唾液腺は、漿液を分泌する漿液細胞と、粘液を分泌する粘液細胞とからなるが、耳下腺は漿液細胞だけからなり、顎下腺、舌下腺は両者の細胞からなる混合腺である。
消化酵素であるプチアリンによって、糖は加水分解される(デンプンやグリコーゲンは87%がデキストリンに、13%が麦芽糖に変化する)。しかし、食物が口の中で唾液と混じり合う時間はごく短いため、この消化はおもに胃の中に入ってから行われることとなる。ところが、プチアリンがもっともよく働くのは、pHが6.8のときであるため、この消化作用も、酸性の胃液が食塊の中にしみ込んでくるまでの間となる。また、ムコタンパク質は、食塊を包み、飲み込みを助ける作用がある。このほか、唾液には歯、粘膜からの食物のかすを洗い去り、口腔を清潔に保つ作用や、舌、口唇を潤して発音を助ける作用もある。
唾液の分泌は、食物の種類によって異なるが、1日に約1~1.5リットルが分泌される。食物の量が多いと唾液の分泌量も多く、含まれる酵素も大となる。また、酸味の強い食物ほど分泌量は多くなる。これに対して、乾燥した食物を摂取するときは、粘液の多い唾液となるが、その量は少ない。唾液分泌はおもに反射によって行われる。その中枢は延髄にある唾液核といわれるところであり、口腔粘膜が食物によって刺激されると分泌が始まる。また、唾液分泌は条件反射によっても行われる。食事とは無関係な刺激、たとえばベルを鳴らしたあとに食物を与えるという状態にイヌを訓練すると、やがて、ベルを鳴らしただけで、食物を与えなくてもイヌは唾液を出すようになる。この実験から、パブロフが条件反射をみいだしたのは有名な話である。唾液を口腔に排出する導管に、石ができることがある。これを唾石症(だせきしょう)と称するが、この疾患では、唾液の排出が悪くなり、唾液腺が腫(は)れてくる。治療法としては、小さく切開して石を取り去る方法がとられる。
[市河三太]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…炭水化物からできた二糖類は膜酵素の二糖類分解酵素により,タンパク質からのジペプチドは同じくジペプチダーゼにより小腸細胞上皮の細胞膜で分解され,それぞれ単糖類,アミノ酸として吸収される。 唾液の中にはデンプン分解酵素である唾液アミラーゼ,胃液中にはタンパク質分解酵素であるペプシンがあり,酸性の環境ではたらく。膵液中にはデンプン分解酵素として膵アミラーゼ,タンパク質分解酵素としてトリプシン,キモトリプシン,カルボキシペプチダーゼ,エラスターゼなど,脂肪分解酵素としてリパーゼ,ホスホリパーゼなどがある。…
…(1)爬虫類,鳥類,哺乳類の口腔腺のうちで,消化液(唾液)を分泌する腺の総称。唾腺とも呼ばれる。…
…ヒトの遺伝的多型形質の一種。ABO式血液型を決める物質(ABH物質)は,赤血球だけでなく唾液,精液その他の分泌液中にも含まれているが,分泌液中のABH物質の量には著しい個人差があり,その量が比較的多い群(分泌型secretor)と少ない群(非分泌型nonsecretor)とに大別される。この状態は遺伝的に決定され,ABO式血液型とは独立して遺伝する。…
※「唾液」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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