ヘルペスウイルス科のウイルス群でウイルス中最大のグループ。現在100種以上が知られ、哺乳(ほにゅう)動物、両生類、魚類など自然宿主(しゅくしゅ)(ウイルスの寄生対象となる生物)は広く、それぞれの生物に固有のウイルスが知られている。ヘルペスウイルス科Herpesviridaeはα(アルファ)-ヘルペス亜科Alphaherpesvirinae、β(ベータ)-ヘルペス亜科Betaherpesvirinae、γ(ガンマ)-ヘルペスウイルス亜科Gammaherpesvirinaeの3亜科と未分類の群とに分類、αヘルペス亜科には単純ヘルペス1型(HSV-1)、単純ヘルペス2型(HSV-2)、水痘・帯状疱疹(ほうしん)ウイルス(VZV)、仮性狂犬病ウイルス、ウシ伝染性鼻腔(びくう)気管支炎ウイルス、ウマ流産ウイルス、ウマ鼻腔肺炎ウイルス、ネコ鼻腔気管支炎ウイルスがある。β-ヘルペスウイルス亜科にはヒトサイトメガロウイルス(HCMV)、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)、ヒトヘルペスウイルス7型(HHV-7)、マウスサイトメガロウイルス、モルモットサイトメガロウイルスがある。γ-ヘルペスウイルス亜科にはエプスタイン・バーウイルス(EBV)、カポジ肉腫(にくしゅ)関連ヘルペスウイルス(KSHV)、チンパンジーヘルペスウイルス、クモザルヘルペスウイルスがある。
未分類にはカエルを自然宿主とするルッケヘルペスウイルス、コイポックスウイルスがある。
ヘルペスウイルス共通の性質としては持続感染(潜伏感染)をおこすことであり、長期間回帰的に発症をみる。ウイルス粒子は、ほぼ球状で120~200ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)、正二十面体、外側には突起をもつエンベロープ(外被)があり、カプシド(ウイルス核酸と結合タンパク質を取り巻くタンパク質殻)は100~110ナノメートルを内蔵する。そのなかにはDNA(デオキシリボ核酸)を含むコアがある。エンベロープとカプシドとの間にはデグメント(内膜inner membraneとよばれる)という特別な構造がある。カプシドは162個のカプソマーによって構成される。エンベロープの表面にある突起はウイルスタンパク質からでき、宿主細胞への吸着・侵入のための役割と抗体や補体によって不活性化されることに対する抵抗性の役割をもつ。このウイルスのゲノムは線状2本鎖DNAで、分子量は80~160×106ダルトン(1ダルトンは1.661×10-27キログラム)、GC含量は35~75%(種によって異なる)である。
細胞への感染は、エンベロープ表面にある糖タンパク質が、宿主細胞表面のレセプター(受容体)と結合することにより吸着、さらにエンベロープと宿主細胞膜との融合がおこり、細脂質内に侵入し、脱殻する。カプシドはさらに宿主の核に近づき、核膜孔から、ウイルスDNAが核内に放出される。核内でのウイルスDNAは環状となり、宿主のRNAポリメラーゼによって、ゲノム特定部位から転写が開始され、ウイルスタンパク質の合成と、ウイルスDNAの合成が行われる。カプシドの形成も核内で行われる。通常は宿主細胞内においてエンベロープが構成され、外に放出される。なお、RNAポリメラーゼには(1)DNA鋳型からのRNA(リボ核酸)形成を触媒する酵素であるDNA依存性RNAポリメラーゼと、(2)RNA鋳型からのRNA形成を触媒する酵素であるRNA依存性RNAポリメラーゼがある。
次に、それぞれの性質の違いを下記に示す。
〔1〕単純ヘルペスウイルス1型、2型(Herpes simplex virus type1、2)(Human herpesvirus1、2) この二つのウイルスは、遺伝子構成はほとんど同一であるが免疫学的性状が異なる。1型はおもに口唇や眼、2型は陰部に感染し、病巣をつくる。このウイルスは両者とも神経向性で神経系に向かって動いていく特性がある。まず、口腔、眼や陰部などの粘膜や微小の傷口などの皮膚を介して感染し、ここで増生、知覚神経末端へと移動し増生する。次に三叉(さんさ)神経や脊椎(せきつい)後神経節へと移動し、神経系の細胞内に潜伏感染し、静止状態となる。刺激によって再活性化reactivationし、末梢(まっしょう)組織を経て患部に病巣を形成する。このため回帰発症recurrenceとよばれる。回帰性を誘発する誘因刺激は感冒、ストレス、紫外線、月経、末梢神経刺への刺激などがある。
(1)口唇ヘルペス 唇の周辺に小疱ができ、数日後に痂皮(かひ)(かさぶた)状態となる。数日にして治癒、病斑(びょうはん)は残ることはない。三叉神経節に潜伏し、回帰発症を繰り返す。
(2)ヘルペス脳炎 国内では年間200例程度で病例は多いとはいえないが、致命率が高く、後遺障害が厳しいのできわめて注意すべき重要な疾患である。治療は抗ヘルペス薬が使用されているが、よりよい抗ヘルペス薬の開発が望まれている。
(3)角膜ヘルペス 失明の原因となる重大な疾患である。三叉神経に潜伏し、回帰的に再発、再々発を繰り返し、失明へと至ることが多い。
(4)性器ヘルペス 性的接触によって感染する代表的なウイルスの一つ。発症は性器および、その周辺である。回帰性で再発頻度が大変高く、完治はなかなかむずかしいといわれている。過去においてはHSV-2によるものが大部分であったが、現在はHSV-1が半数となっている。この疾患の流行は性風俗や性習慣が関係するといわれる。1970年ころより、急速な増加傾向にある。
(5)その他 HSV-1、HSV-2は担がん患者、臓器移植患者に日和見(ひよりみ)感染する場合がある。この場合、皮膚や粘膜だけではなく、食道、肺臓、肝臓に病変をおこすことがある。末梢顔面神経麻痺(まひ)の多くがHSV-1の再活性化による疾患であることが証明されている。
〔2〕水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV) VZVはHSVと類似点は多いが、VZVはHSVに比べて宿主細胞への結合度が強い。感染宿主は、年齢などの条件があり、範囲が広くはない。潜伏部位は知覚神経部位であり、おもに神経細胞周囲の外套(がいとう)細胞である。小児の水痘ウイルスと帯状疱疹とは同じウイルスと同定されている。
(1)水痘 宿主へのウイルスの侵入は接触または飛沫(ひまつ)、侵入部位は結膜や気道粘膜である。侵入した水痘ウイルスは、侵入部位に近いリンパ節で増生し、数を増やす。この結果第一次ウイルス血症とよばれる状態となる。血液に入ったウイルスは肝臓や脾臓(ひぞう)に達し、そこでまた数を増やし、第二次ウイルス血症となる。このように増生したウイルスは全身に広がり、皮膚や粘膜の上で、発熱を伴い発症する。侵入から発症まで2週間かかるので、潜伏期を2週間としている。生ワクチンが有効で重症となるケースに対応し使用する。抗ヘルペス薬アシクロビルも重症となることが予想される場合に使用する。
(2)帯状疱疹 VZVは神経系の軸索を介して支配領域の皮膚に伝わっていく。このため疱疹は体の片側で正中線をこえて発症することはない。発症は年齢と関係があり、発症のピークは50~60歳代である。高齢者では重篤な症状となり、1年間以上続くこともある。
〔3〕ヒトサイトメガロウイルス(HCMV) 巨胞ウイルスの意。このウイルスはゲノムが大きいことが特徴である。増生(増殖)速度はゆっくりであり、宿主域も狭い。HCMVが感染した宿主細胞は肥大化して球状となり、フクロウに似た独特の封入体(フクロウの目owl's eyeとよばれる)を形成する。初期感染は通常、乳幼児期におこり、日本人成人の90%以上は抗体陽性である。唾液(だえき)、尿、精液、子宮分泌液などを介して感染する。AIDS(エイズ)や移植などの外科手術などによる病原体に感染しやすい宿主が増加し、HCMVの重篤な感染症がみられるようになった。HCMVは通常の宿主については不顕性感抗体陰性の妊婦が妊娠中に初感染を受けると、胎児に垂直感染し、先天性巨細胞封入体病をおこす。新生児は出生時低体重、肝脾腫(かんひしゅ)、出血斑の症状となる。さらに中枢神経を冒し、精神発育障害などの後遺症を残す。感染しやすい宿主に、輸血や臓器移植などによって体外から新しくHCMVが感染するか、潜伏ウイルスが再活性化することにより感染がおこり、肺炎、網膜炎、肝炎、消化管の潰瘍(かいよう)などを発症する。最悪の場合は、HCMV網膜炎をおこし失明し、重篤の状態となる。
〔4〕エプスタイン‐バーウイルス(EBV) γ-ヘルペス亜科に属するウイルス。EBウイルスともいう。発見者であるエプスタインMichael Anthony Epstein(1921―2024)とバーYvonne M. Barr(1932―2016)の名に由来する。EBVは宿主のリンパ球に感染し、宿主細胞が形質転換をおこし、リンパ芽球様細胞となり増生を繰り返していく。健康者の唾液中にもEBVは排出されており感染源となる。日本では幼児期に80%の人が感染するが不顕性感染である。
(1)伝染性単核症 小児期においてEBVの洗礼を免れた若成人が口づけなどによってEBVの初感染を受けると、その約半数が発症する。発熱、咽頭(いんとう)痛、頸部(けいぶ)リンパ節腫などをおこす。この場合咽頭や扁桃(へんとう)に浸出物、偽膜(ぎまく)などが認められる。
(2)EBVと悪性腫瘍(しゅよう) EBVが悪性腫瘍と関係するケースは2地域にみられる。アフリカのウガンダ地域と中国南部地域である。ウガンダのケースはバーキットリンパ腫(BL)、中国南部のケースでは上咽頭がん(NPC)である。BLは小児に多発する悪性リンパ腫で、腫瘍組織中にEBV DNAとEBNAが認められる。NPCは成人男性が多発する未分化扁平上皮がんで、腫瘍組織中にEBVDNAとEBNAが認められる。どちらのケースも常在性のウイルスのEBVによっておきるので、地域的な発がんについての補助的因子があるものと考えられるが、解明されていない。
〔5〕ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)、7型(HHV-7) β-ヘルペスウイルス亜科に属す。T細胞(Tリンパ球)やマクロファージに感染、感染源は保有者の唾液である。HHV-6は1986年エイズ由来のリンパ球培養から分離されたウイルスである。HHV-7は1990年培養Tリンパ球より分離された。両者とも構造や遺伝子構成はHCMVに類似している。
〔6〕ヒトヘルペスウイルス8型(カポジkaposi肉腫関連ヘルペスウイルス) カポジ肉腫は皮膚に生じる多発性の血管肉腫である。かつては、アフリカの一部地域に限定して流行していた。この肉腫が注目されたのはエイズ流行以来のことで、合併症の一つとして有名になった。日本のエイズ患者も約20%の割合でこの肉腫を合併する。性的接触がおもな感染経路である。
〔7〕ヘルペスBウイルス アフリカミドリザルなどのサルを自然宿主とするウイルス。α-ヘルペスウイルス亜科に属する。サルによる咬傷(こうしょう)によってヒトに感染、致命的な脳症状をおこす。
[曽根田正己]
『川名尚著『ヘルペス教室――正しい理解と対策』(1990・同文書院)』▽『森良一監修『ヘルペスウイルス――One point illustrated key words』(1995・メディカルレビュー社)』▽『新村真人、山西弘一監修・編集『ヘルペスウイルス感染症』(1996・臨床医薬研究協会、中外医学社発売)』▽『日本薬学会編、保坂康弘著『ヘルペスのくすり』(2002・丸善)』
…癌を完全に定義づけることは難しいが,ひとまず次のようにいうことができる。すなわち,〈癌とは,多細胞生物の体の中に生じた異常な細胞が,生体の調和を無視して無制限に増殖し,他方,近隣の組織に浸潤したり他臓器に転移し,臓器不全やさまざまな病的状態をひき起こし,多くの場合生体が死に至る病気〉である。 癌は多細胞生物の病気であって,細菌やアメーバなど単細胞生物には癌はない。多細胞生物では,1個の生殖細胞が分裂増殖し,さまざまな器官に分化し,全体として調和のとれた個体として活動している。…
…ヘルペスウイルスにより脳に急性炎症性の病変をきたす疾患。脳炎を起こすヘルペスウイルスとしては,単純ヘルペスウイルス,帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスなどがあるが,以下は単純ヘルペス脳炎について述べる。…
※「ヘルペスウイルス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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