日本大百科全書(ニッポニカ) 「卵生神話」の意味・わかりやすい解説
卵生神話
らんせいしんわ
ある人物が卵から生まれたという筋(すじ)をもつ神話。その多くは、王家や支配者の家の祖先である英雄の出自伝承となっている。卵から宇宙、天地が生じるという「宇宙卵」の観想は、インドの『ベーダ』やギリシアのオルフェウスの賛歌、エジプト、フィンランド、中国などにもみえるが、族祖や王族の始祖の伝承に超自然的な卵生が伝わっているのは、台湾、ビルマ(ミャンマー)、インドのアッサム、フィリピン、セレベス、ボルネオ、フィジーなど、主として南アジアからインドネシアにかけてである。『三国史記』や『三国遺事(いじ)』で、高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、伽羅(から)などの古朝鮮の王朝の始祖伝承に卵生神話が盛んにみえるが、このことはほかの民族の始祖伝承が主として南方系伝承であることと関連させて、その系統づけに示唆を与えるものである。高句麗の始祖伝承では、その建国の始祖王朱蒙(しゅもう)の母柳花(りゅうか)が日光に体を照らされて大きな卵を生み、その卵がかえって朱蒙が生まれたと伝える。また新羅王家の朴(ぼく)氏の祖赫居世(かくきょせい)や、同じく金氏の祖閼智(えんち)、金官伽羅国の王氏の祖首露(しゅろ)王など、いずれも山上や叢林(そうりん)に天降(あまくだ)ってきた卵から生まれており、新羅王家の昔(せき)氏の祖脱解(だっかい)も、母から卵の形で生まれて箱舟に入れられ流されている。
卵生神話は、東南アジアでもしばしば王家と結び付く。ビルマのパラウン人の伝承に、童女が日の御子(みこ)スリヤと契って卵を生むが、それから生まれた子がパガーン王家の祖となっている。しかし日本の古典では卵生神話はまれで、『日本霊異記(にほんりょういき)』や『海道記(かいどうき)』などに散見するのみである。
[松前 健]
『『三品彰英論文集・神話と文化史』(1971・平凡社)』▽『谷川健一著『古代史ノート』(1975・大和書房)』