文化史(読み)ブンカシ(その他表記)Kulturgeschichte[ドイツ]

デジタル大辞泉 「文化史」の意味・読み・例文・類語

ぶんか‐し〔ブンクワ‐〕【文化史】

学問・芸術・文学思想宗教風俗制度など、人間の文化的活動所産について包括的に記述した歴史政治史経済史などと区別していう。

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精選版 日本国語大辞典 「文化史」の意味・読み・例文・類語

ぶんか‐しブンクヮ‥【文化史】

  1. 〘 名詞 〙 狭義には、人間の内面の精神生活に関する歴史研究で、学問、芸術、思想などの精神文化の歴史をさす。広義には、人間の創造したあらゆる文化財、たとえば政治、社会経済、法律、制度、風俗、科学、芸術、文学などを含むあらゆる人間生活の領域を総合的に観察し叙述した歴史。文明史。開化史。
    1. [初出の実例]「文化史的に見れば」(出典:竹沢先生と云ふ人(1924‐25)〈長与善郎〉竹沢先生の花見)

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改訂新版 世界大百科事典 「文化史」の意味・わかりやすい解説

文化史 (ぶんかし)
Kulturgeschichte[ドイツ]

〈文化史〉という歴史叙述の一分野が,ヨーロッパにおいて形成されたのは18世紀後半である。それはまず〈政治史〉との対立を意味した。すなわち,国家的事件にのみ限定された歴史叙述に対し,風俗・習慣や精神生活の歴史叙述を意図した。そのような意味での文化史を創始したのは,通例,ボルテールの著作《諸国民の風習と精神についての試論》(1756)と目されている。しかし,彼はまだ〈文化史〉という用語を用いていない。《人間性形成のための歴史哲学異説》(1774)の著者J.G.ヘルダーにおいても,文化史の考えが芽生えていた。彼もまた戦争や英雄的行為に限定された歴史叙述を排撃した。しかし,〈文化史〉という用語を初めて用いたのは,アーデルングJohann Christoph Adelung(1732-1806)の著作《人類文化史試論》(1782)である。しかも彼は,文化史を従来の歴史叙述の補完とは考えず,むしろ政治史的考察をまったく無視して,精神生活,社会生活を歴史叙述の第一の対象とした。19世紀に入っても,文化史は何よりもまず政治史叙述に対立して,それを修正する歴史叙述と理解されている。しかし,19世紀後半に入ると,文化史家の関心はさらに文化史の方法の確立に向けられた。1858年《ドイツ文化史雑誌》(現在の《文化史雑誌》の前身)が創刊されたが,その目的は,資料の収集とともに,文化史の方法の樹立にあった。

 そのような意味での学問的な文化史の創始者は,ブルクハルトであり,その代表作《イタリア・ルネサンスの文化》(1860)は,文化史の古典と目されている。ブルクハルトの文化史の方法は,彼の美術史の方法と根本において一致する。彼によれば,美術史が芸術家の歴史ではなく,課題による体系的叙述であるのに対し,文化史もできごとの物語ではなく,状態の体系的叙述である。両者はともに,〈繰り返されるもの,恒常的なもの,類型的なもの〉を考察する。ブルクハルトの文化史の根底にあるのは,造形的直観であった。これに対し,19世紀末期のドイツ史学界に〈方法論争〉を巻き起こしたランプレヒトの文化史の方法の中心にあるのは,社会心理学である。それによれば,一時代の歴史現象はすべて一定の共通する社会心理的特徴を示すものであった。彼の代表作《ドイツ史》12巻(1891-1909)は,そのような社会心理的発展段階のもとにドイツ史を把握した大著である。

 このような発展法則の樹立を意図するランプレヒトに対し,それを批判しつつ独自の文化史を展開したのが,オランダのホイジンガである。彼によれば,歴史とは過去に対して形式を与えることであり,過去の中に意味を把握することであるが,その把握は美的性質を帯びている。彼においては,形式への要求が文化史の特質であった。その文化史の方法の根底には美的直観がある。代表作《中世の秋》(1919)は,この方法の結実であり,同時に20世紀最高の文化史家としてのホイジンガの名声を確立した。
歴史学
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「文化史」の意味・わかりやすい解説

文化史
ぶんかし

歴史学の対象は人間のあらゆる生活面にわたるので、その研究はそれぞれの領域に応じて分化し、政治史、経済史、法制史、美術史、思想史等々多様な形態をとる。文化史もその一つで、扱う対象は風俗、習慣のような底辺の生活様式から、政治、経済を含み、高次の学問、芸術、宗教などの活動面までを広く包括する。しかし対象が広いだけで、文化史の方法は明確に規定されていない。一般の用法としては政治史に対して使われることが多く、その場合は知的活動面に偏って、精神史、技術史、芸術史に近いものとなる。文化史と文明史の区別も明確ではない。語義としては「文化」は知的・精神的形成をさし、「文明」は技術的・社会的形成をさすが、両者は互いに関連しているから、別個に使い分けられるものではない。トインビーは文化史のスケールの大きいものを文明史というが、この定義も学界に定着していない。

 いわゆる文化史はヨーロッパの18世紀啓蒙(けいもう)思想の産物である。その百科全書的な知識がもとになって、歴史の見方が聖史から俗史へ変わる転機に成立した。フランスのボルテールは『諸国民の精神と習俗論』において、伝統的なキリスト教的ヨーロッパ中心史観を打ち破り、非ヨーロッパ諸民族を同等に扱い、イスラム教や仏教をキリスト教と同列に置き、民衆の風俗や商業から上層の学問、芸術にわたる広範な歴史を書いた。これが文化史の始まりである。しかし19世紀のドイツ史学はナショナリズムへの関心から政治史に傾き、文化史は疎んぜられた。19世紀末ランプレヒトは独特の文化史を提唱した。それは伝統的な政治史に対して社会状態そのものを対象にして、その個別的事実を記述するのではなく、集団主義的方法で事象の一般型、発展段階を抽出するものだった。彼の意図は自然科学的方法を導入し、コントやバックルのように歴史を法則科学にしようとするものであったため、専門の歴史家や哲学者から反対された。この方法の継承者はいない。20世紀に入りシュペングラーは文化の形態をマクロにとらえ、それを生物学的アナロジーで有機体とみ、その個体の発生・成長・死滅の循環を文化史のパターンとした。この仮説は文化史の一つの側面を直観的にとらえてはいるが、対象が大きすぎて実証できないために、科学的な歴史学の方法にはなっていない。文化史は概念が決まらぬまま多様に書かれている。

[神山四郎]

『バグビイ著、山本新・堤彪訳『文化と歴史』(1976・創文社)』

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世界大百科事典(旧版)内の文化史の言及

【思想史】より

… ディルタイは,精神的諸現象を生の構造連関から了解する精神科学を提唱し,この立場から,生の客観化された表現としての歴史,文化を重視して,精神史探求に哲学的基礎を与えた。また,文化を精神の所産とみて探求するブルクハルトやホイジンガ,またランプレヒトの文化史という視点も,あるいは諸観念の連鎖をとらえるラブジョイの思想史(観念史)history of ideasも広い意味での精神史的思想史に属する。一方20世紀に入って,思想を環境に制約されるとみる実証主義的視点や,思想を物質的生活(下部構造)に規定されるイデオロギー(上部構造)とみるマルクス主義の視点がひろがると,思想史を社会史的過程と関連させて記述する社会史的思想史の探求が生まれた。…

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