改訂新版 世界大百科事典 「古京遺文」の意味・わかりやすい解説
古京遺文 (こきょういぶん)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…こうした背景のもとに江戸時代後期にいたって,日本の金石学は国学や清朝の考証学の影響下で本格的となった。 国学者狩谷掖斎(かりやえきさい)(1775‐1835)の《古京遺文》は,実地踏査に基づく精緻な考証によって,金石文研究史上の金字塔とされている。明治以降,西洋的な歴史学の概念から,国史学の補助学としての金石学が注意されるようになったが,実際には国史学,考古学,美術史学の境界領域にあるため,民間の研究者を含めた各方面の研究者によって,個別的に研究が進められてきた。…
※「古京遺文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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