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古賀穀堂 こが こくどう

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美術人名辞典の解説

古賀穀堂

江戸後期の儒者。肥前生。名は寿・文太郎、字は溥卿、通称は修理・太郎右衛門、穀堂は号。古賀精里の長男。父に朱子学を学び、のち江戸で柴野栗山尾藤二洲の感化を受ける。天保7年(1836)歿、58才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

古賀穀堂 こが-こくどう

1778*-1836 江戸時代後期の儒者。
安永6年12月5日生まれ。古賀精里の長男。江戸で父にまなび,柴野栗山(しばの-りつざん),尾藤二洲(じしゅう)らの影響をうける。郷里の肥前佐賀藩にもどり,弘道館教授。文政2年世子鍋島直正(閑叟(かんそう))の教育係,天保(てんぽう)元年直正が藩主につくと年寄役となる。天保7年9月16日死去。60歳。名は燾(おおう)。字(あざな)は溥卿(ふけい)。通称は修理,太郎右衛門,藤馬。別号に琴鶴堂など。著作に「琴鶴堂詩鈔」など。

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大辞林 第三版の解説

こがこくどう【古賀穀堂】

1777~1836) 江戸後期の儒者。古賀精里の長男。佐賀藩の人。藩主鍋島直正の藩政改革に尽力。著「済急封事」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

古賀穀堂
こがこくどう
(1777―1836)

佐賀藩の儒者。安永(あんえい)6年12月5日生まれ。幕府の儒官の古賀精里(せいり)の長子。名は(とう)、字(あざな)は溥卿(ふけい)、通称文太郎、藤馬、別号を清風堂(せいふうどう)、琴鶴堂(きんかくどう)などと称する。初め佐賀で父精里から学業を受け、のち江戸で父の家塾に住み尾藤二洲(びとうじしゅう)、中井竹山(なかいちくざん)らの諸家と交わった。帰藩して教諭に任ぜられ、また藩政に参じて年寄相談役なども務め、藩侯の信任が厚かった。たびたび江戸に住んだが、1835年(天保6)冬に病を得、翌1836年帰郷して9月16日59歳で没した。『琴鶴堂詩鈔(ししょう)』、『穀堂遺稿抄』8巻、『穀堂文集』10巻ほかがある。[黒住 真]

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