佐賀藩の儒者。安永(あんえい)6年12月5日生まれ。幕府の儒官の古賀精里(せいり)の長子。名は燾(とう)、字(あざな)は溥卿(ふけい)、通称文太郎、藤馬、別号を清風堂(せいふうどう)、琴鶴堂(きんかくどう)などと称する。初め佐賀で父精里から学業を受け、のち江戸で父の家塾に住み尾藤二洲(びとうじしゅう)、中井竹山(なかいちくざん)らの諸家と交わった。帰藩して教諭に任ぜられ、また藩政に参じて年寄相談役なども務め、藩侯の信任が厚かった。たびたび江戸に住んだが、1835年(天保6)冬に病を得、翌1836年帰郷して9月16日59歳で没した。『琴鶴堂詩鈔(ししょう)』、『穀堂遺稿抄』8巻、『穀堂文集』10巻ほかがある。
[黒住 真 2016年5月19日]
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新