日本大百科全書(ニッポニカ) 「可能世界」の意味・わかりやすい解説
可能世界
かのうせかい
possible worlds
哲学・論理学用語。もともとは、ライプニッツがみずからの最善世界観を説明するために用いた概念。われわれが現実に生きているこの世界とは、いくつかの点で異なるが論理的には充分考えることができる、ほかの世界のことをいう。ライプニッツのいう可能世界とは、その世界のなかで成立している事態同士が、まったく矛盾していない世界のことである。ようするに、われわれが矛盾なく考えることが「可能」な世界のことである。したがって、さまざまな世界が無数に考えられる。こうして構成された可能世界群のなかから、神が一つの世界を選び、その世界こそが、この現実世界であり、神が選んだのだから、この世界こそが最善であるとライプニッツは考えた。
このような可能世界という考え方には、当然のことながら、「可能性」「偶然性」「必然性」といった様相概念が密接に関係してくる。この「可能世界」という概念については、1960年以降、カルナップ、クリプキ、J・ヒンティカJaakko Hintikka(1929―2015)、D・ルイスDavid Lewis(1941―2001)などの哲学者たちによって、様相論理学の意味論の文脈で、さかんに論じられた。ある命題の真偽を、偶然的、必然的、可能的といった様相概念を導入して問題にすると、現実の世界以外にも多くの可能世界を考えることができるようになる。たとえば、「第二次世界大戦で日本は敗北した」という命題は、この現実世界では真であるが、「日本が敗北しなかった」世界、すなわち、ほかの可能世界を想定することは可能である。そうなるとこの命題は、どの可能世界でも真(必然的に真)というわけではなく、われわれがまさに生きている、この現実世界以外では偽となるかもしれない偶然的真理ということになるのである。
可能世界というふくらみのある概念をどのように解釈するかは、それぞれの哲学者によりかなり異なっている。大きく可能主義possibilismと現実主義actualismとにわかれる。ルイスに代表される可能主義は、可能世界は現実世界と同種の世界であり、ある意味で存在しているという。それに対してクリプキに代表される現実主義は、可能世界は「現実に存在している」のではなく、われわれの現実の世界を基盤に、たんに論理的に考えられた世界にすぎないと考える。
[中村 昇]
『クリプキ著、八木沢敬・野家啓一訳『名指しと必然性――様相の形而上学と心身問題』(1985・産業図書)』▽『飯田隆著『言語哲学大全1』増補改訂版(2022・勁草書房)』▽『永井均著『転校生とブラック・ジャック――独在性をめぐるセミナー』(岩波現代文庫)』▽『三浦俊彦著『可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』改訂版(二見文庫)』