ふつうセマンティクスsemanticsのことをさす。記号(言語を含む)の意味に関する科学で,言語学,哲学,論理学などにおける研究領域として取り扱われる。
言語学における意味論では語および文法を含むあらゆる言語表現手段の意味を研究するが,ときには語の具体的な意味だけを対象とする場合もある。この場合の意味論は語彙論の一部となる。語の表現形式とそれによって示される内容との関係は形式から内容を研究する方法と,内容から形式を研究する方法の二つがあり,前者をセマシオロジーsemasiology,後者をオノマシオロジーonomasiology(命名論)と呼ぶ。すなわち,セマシオロジーでは,[yama]と発音され〈山〉と書かれる語の形式が言語外現実の何に対応するかを研究し,オノマシオロジーでは,〈地面が高くなっている〉という言語外現実が所与の言語ではどのように命名されるかを研究する。
セマシオロジーは一部で上記の意味論(セマンティクス)と同じ意味で使われることもあるが,多くの場合歴史的立場から見た語の意味の変遷だけを示し,語の意味の共時的(サンクロニック)な研究(歴史的変遷を追う通時的(ディアクロニック)研究に対し,一定の時期における一定の言語の状態総体の研究)にはセマンティクスの語を用いることがすすめられている。意味論の定義にしばしば語の意味の研究およびその意味の変遷という定義がなされるのは,意味論の発展してきた道を反映し,この間の事情を物語っている。
語という形式が一部の例外を除いて原則的には対応の意味と必然的関係がなく,その間の関係が約束事によっているとすれば,すなわち地面が高くなっているところを〈山〉と呼ぶのはこの言語での約束事であり,こう呼ぶ必然性がなければ,語は一種の記号であり,意味論は統語論(シンタクス)および語用論(プラグマティクス)とともに確かに記号論の一部を構成する。しかし,語は“一種の”記号として,“自然”言語を形成しているので,自然言語以外の記号体系を扱う分野の研究とは異なった扱いが必要となる。ここにおいて論理学的シンボルとその意味の関係の研究を扱う論理学的意味論は言語学的意味論とは違うことが明白になる。論理学的シンボルにはそのシンボルの素材としての実体がなく,そのシンボルで表現されるものの歴史的変化はありえない。ところが自然言語では語の意味が,例えば[kuruma]は車→自動車のように変化する。すなわち,語の形式と内容の関係が歴史的に変化していく。このことをポーランドの論理学者A.シャフは自著の《意味論序説》(1960)において,〈言語学的意味論の特徴をなすのは意味の歴史の研究,言語に対する歴史的な取組み方にある〉と述べていて,語の意味と並んでその意味の変化および変化の原因を対象としているところに言語学的意味論の独自性がある,とみている。自然言語の記号としての記号の性格と機能,自然言語のもつ同音異義語や多義語にみられる多義性,さらに,そのことからくる危険性などが,論理学的意味論の立場から見た言語学的意味論の問題点と考えている。
意味論はこれまで言語学的意味論と哲学的意味論が互いに補い合う形で発展してきており,現在では一方で言語学,もう一方で哲学の二つにまたがる典型的な境界領域の学問となっている。
今日用いられるのと似通った〈意味の科学〉という意味でセマンティクスなる語が使われたのは,フランスの言語学者M.ブレアルの《意味論研究》(1897)ないし,《言語の知的法則,意味論断片》(1883)であるが,この時点でもまだ意味の変化を支配する法則を意味しており,これ以前のドイツの学者K.H.ライジッヒのセマシオロジーとほぼ同じ内容である。しかし,20世紀に入りやがてF.deソシュールが出て,言語研究を通時的(ディアクロニック)と共時的(サンクロニック)に区別することが学界に定着するに及び,意味論の分野でもこの区別が導入され,前者にセマシオロジー,後者にセマンティクスが使われることが多くなってきている。この後,意味論の研究は歴史的研究から共時的研究に中心が移り,今日ではどのように意味を記述するかに関心の中心がある。
意味の研究は言語の研究の主要な一部門を形成するとはいえ,音に関する研究(音韻論,音声学)や形態論とは異なり,依然として確立した研究方法も,基本的な単位も定まっておらず,近代の言語学に特徴的な構造主義的立場からの研究も,そもそも語彙が構造をなすという必然性がなく,語彙が仮に構造をなしているとしても,構造の中のもっともゆるい部分であるので,うまくいかない。言語学的意味論はこのような困難を抱えており,科学的な学問として成立するためにはこれらの困難を除去しなければならない。論理学的意味論,哲学的意味論はこれらの障害をそれぞれ除去したもので,論理学的意味論では語のかわりに論理的シンボルを用いて語という実体のもつ意味の曖昧(あいまい)性を除去し,哲学的意味論では概念の分析をして表現形式への関係を考慮しないでいる。しかし,これらの意味論は厳密で科学的であるとはいえ,自然言語の語という実体を扱えず,また語のもつ形式から離れてはすでに言語学的とはいえない。言語学を純粋な科学にまで高め,意味の研究にもその厳密さを求めたL.イェルムスレウの研究が理論的方法の序論を述べただけに終わり,実際の展開がなかったのはそのためであり,また現在多くの言語学者の意味論的分析と称するものが,意味そのものの分析に陥っているのもそのためである。〈後家(ごけ)〉という語を〈人間+女+配偶者を失った〉と分析しても,ここには形式との対応がないのは明白である。とはいえ,この種の分析はかなり進歩してきて,比較的少数の要素の組合せで莫大な数の語の内容が記述される可能性があり,一例をあげればポーランド出身のA.ビェジュビツカの業績などは注目を集めつつある。
これまでの言語学的意味論で注目を集めたのはドイツのトリーアJost Trier(1894-1970)の考えた意味場の理論で,客観的現実が人間の意識の中に反映される場合,言語的に形成される際にその言語の意味論的下位体系をなすなんらかの網をくぐることになる。現実のある断片は言語の一定の意味場と対応するが,この意味場は具体的な言語ではそれぞれ異なって区分されるという考えである。この立場は語というものを完結した語彙体系の一単位と考える点で構造主義の影響下にあり,これまでの語彙に体系を認めない立場と異なっている。この立場をさらにすすめたのがL.ワイスゲルバーで,ポルツィヒWalter Porzig(1895-1961)の立場もこれに近いが,ポルツィヒはもう一つの言語学的意味論の研究方法である連語collocationによる分析(後述)にも近づいている。
意味を分析するとき,客観的な手段で分析したいというのがこの分野の悲願であり,その結果考え出されたのが,ある語が出てくる環境を調べ,それによって語の意味を記述していこうとする立場である。ポルツィヒは動詞(あるいは動詞的意味)が一定の名詞(あるいは名詞的意味)を前提とする(たとえばdas Hören(きく)-das Ohr(耳))ことに注目し,このような動作とそれを行う器官だけではなしに,さらに多様な関係をも見いだし,他の品詞にも広げていくことにより意味を記述しようとしている。このように一つの語を記述するのに他の語との関係を考慮する連語による方法は,それぞれ異なった主張があるとはいえ,J.ファース,A.K.ハリデーらのロンドン学派の学者にも見いだされる。また,ポルツィヒのように語の関係を見いだそうとする考えは,古くはK.ビューラーや,近年ではT.ミレフスキなどのポーランドの学者にもみられる。
現在までの言語学的意味論の研究はまだ萌芽だけで,これまでに研究された方法での語彙の全体的記述はまだ当分先のことと考えられている。最近の言語学的意味論研究で新しく登場したのは語の意味ではなく,文における語の機能の研究である。これは語彙的意味の研究に対立する文法的意味の研究といえよう。たとえば,動詞の性質から文構造の本質を見いだそうとする理論のうち,もっとも成果が上がっているのはテニエールL.Tesnièreの《構造的統辞論要理》(1959)で,構造主義的立場でありながらすでにN.チョムスキーの生成文法と数多くの共通点をもっている。
チョムスキーから起こった生成文法は最初は主として統辞論を対象としていたが,しだいに意味論の領域の問題を取り上げるようになり,多義語,同音異義語というような伝統的分野での新解釈を提示すると同時に,文法的意味や文構造の意味にも理論的研究が発表されている。とはいえ,生成文法の各派でそれぞれ異なった主張がなされており,形式的アプローチで説明できない場合,ここでも哲学的意味論や,記号論の他の分野である語用論の援助を求めるなど,まだ研究は安定した理論的基盤を得るにはいたっていない。
→言語学
論理的意味論とは言語表現の意味の研究を扱う論理学の一分野で,より正確にいえば記号を運用する諸規則の論理的システムの解釈の研究である。論理的意味論の基本的概念はいわゆる命名の理論と,いわゆる思考内容の理論の二つに分かれる。この分野では言語の意味特性の記述にはもはや自然言語では不十分で,メタ言語(記述を目的にした人工度の高い言語)が必要になる。論理的意味論を初めて詳細に研究したのはG.フレーゲで,その発展に寄与したのはポーランドのルブフ・ワルシャワ学派に属する論理学者たちJ.ルカシェビチ,T.コタルビンスキ,K.アジュキェビチ,T.タルスキ,その他ではR.カルナップ,W.クワインなどであり,この論理学的意味論は数理言語学,機械翻訳,自動情報処理などの発展に伴って広い応用領域がある。
一般意味論は記号論的意味論の意味での意味論の心理学,社会学,政治学,美学などへの応用で,C.W.モリスの記号の一般理論とも,カルナップ流の意味解釈の理論とも違う。A.コジプスキによって始まったとされるこの一般意味論の考え方はすでにC.K.オグデンとI.A.リチャーズの共著《意味の意味》(1923)の中にも似た考えがあり,この考えの非哲学性のゆえにS.I.ハヤカワ,A.ラポポートをはじめ多くの同調者がアメリカの実用主義者(プラグマティスト)や論理実証主義者の中にいる。記号論的意味論とは記号体系の内部構造を研究するシンタクス,記号体系とそれを利用する者との関係を研究する実用論(語用論)と共に記号論を構成する三つの分野の一つで,対象の思考内容(すなわち所与の表現に含まれた情報により,表現を対象に結びつけること)の表現手段としての記号体系を研究する分野である。
→記号
執筆者:千野 栄一
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文字どおりにとれば、ことばとその意味との関係を論ずる分野ということになり、言語学には、この性格づけに応ずる部門がある。哲学でも、この関係は昔から大きな問題だったので、これを論ずるという意味での意味論的な哲学は、いくつもあげることができる。しかし、ここでは、一時、分析哲学のほうで使われた特別な性格づけに従って意味論を紹介する。わが国では、哲学での意味論というと、この性格づけによるものとされることが多いからである。
1920年代、数学者ヒルベルトは、集合論の公理群が矛盾を含むかどうかを調べるために、理論を論理記号を用いて完全に形式化したうえで、記号が何を指示しているかを問わず、論証を記号配列の変形過程としてとらえることにより、まったく形式的に理論の構造を分析する方法を提唱した。この方法が哲学においても意外に有用であることを見抜いたのが、ウィーン学団の指導的哲学者カルナップで、この方法により展開される哲学の分野を「論理的構文論」(シンタックス)とよんだ。そうして、古来の哲学的な問題の多くが、この構文論のなかで記述され、また解明されると主張し、多くの論理実証主義者に感銘を与えた。
しかし、やがてカルナップは、構文論だけでは哲学の問題を解くのに不十分であると感ずるようになり、1940年前後から、言語とこれによって指示される事態との関係を論ずる分野の重要性を説き、これに「論理的意味論」(セマンティクス)の名を与えるようになった。この際、論理学者タルスキーの影響を強く受けているといっていることからも察せられるように、これは、論理学のほうでの、形式化された理論とそのモデルとの関係を集合論を使って調べる方法に示唆を得、これを哲学のほうに導入しようとしたものとみることができる。この方法により展開される論理学の分野を現在では「モデル理論」とよんでいるが、これも一時は、カルナップのことば遣いの影響を受けて「意味論」とよばれていたことがある。現在、論理学のモデル理論はなお大きな勢いで発展しているが、カルナップの意味論はその後、大きな体系とはならなかった。しかし、分析哲学は、一時、言語内部に立てこもり、言語の表現する事態に踏み込むことには臆病(おくびょう)だったのに、また改めて言語の指示の問題に目を向けさせたという点で、カルナップによる意味論の提唱には、当時にはそれなりの意義があったとみるべきであろう。
[吉田夏彦]
意味論は言語によって意味が伝えられるのはどのような仕組みによるのかということを、経験科学的に研究する言語学の一部門。重要な部門であるにもかかわらず、意味が本質的には心的なものであって、直接に観察できないために、その発達は遅れている。意味論は大別すると、語を中心とするものと、発話を中心とするものに分けられ、さらに応用部門として一般意味論がある。
語の意味論は語彙(ごい)論ともよばれ、その第一の研究課題は、語の意味の本質は何かということである。概念であるとする説、語の用法そのものであるとする説、具体的に観察される意味とは別個に固有の意義素があるとする説、他の語と区別するのに必要にして十分な部分だけを語の言語的意味と認めるという説などがある。そのほかの研究課題として、語義の内部構造、語の用法の記述、多義語の内部構造、語と語の間の意味関係(類義語、対義語、上下関係、部分全体関係など)、語の集合体である語彙の構造、語義の歴史的変化とその型、語義分析の方法論などがある。「発話の意味論」では、まずその内部構造の解明がなされる。発話意図、統語的意味、言外の意味、比喩(ひゆ)的意味などが問題となる。発話意味の理解を成立させる要素としては、言語表現ばかりでなく、場面の状況、話し手の表情や身ぶりなどの非言語行動、共有する予備知識などがある。予備知識は百科的知識を含んでいるので、意味論は結局、宇宙についての知識につながっている。言語表現の骨格として論理的意味があり、この方面だけを扱う論理的意味論がある。意味理解は推論に頼る部分が多いところから、推測意味論という分野も生まれている。「一般意味論」は、言語で表現されることと現実は食い違うことが多いことを警告し、間違いの少ない社会生活が営めるように指導する実践的部門である。アメリカでコージブスキーにより提唱され、S・I・ハヤカワらにより広められている。
[国広哲弥]
『川本茂雄・国広哲弥・林大編『日本の言語学第5巻 意味・語彙』(1979・大修館書店)』▽『大野晋・柴田武編『岩波講座 日本語9 語彙と意味』(1977・岩波書店)』▽『国広哲弥著『意味論の方法』(1982・大修館書店)』
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…また1863年に創設されたパリ言語学会の組織づくりに努め,以後その学会誌に多くの論文を寄稿し,借用語や基層研究の重要性を指摘した。1897年に著した《意味論Essai de sémantique》は,言葉の背景にある思想や文化にも着目したもので,このヒューマニストの言語観をよく伝えている。【風間 喜代三】。…
…その理由で,人工の言語であるプログラミング言語に深く関わることになる。自然言語の分析に関する学問には,音素とその結合を扱う音韻論phonology,音素結合あるいは語の形態を論ずる語形論morphology,文の構成規則を明らかにする構文論syntax,および文の意味を扱う意味論semanticsがある。これらのうち,構文論の分野で1956年ころ,アメリカの言語学者チョムスキーが構文規則に対して数学モデルを与えたことにより,言語が厳密に形式化されるにいたった。…
…しかし,どの言語も人間の言語である限り一定の共通性を有しているはずであり,したがって,個々の言語の研究が人間言語一般の本質解明に寄与するわけであり,また,他の言語の研究成果,とりわけ他の言語の研究で有効であることがわかった方法論が別の言語の研究においてもプラスになるわけである。 個別言語の構造の研究は,言語そのものの有する三つの側面に応じて,〈音韻論〉〈文法論〉〈意味論〉に分けてよい。
[音韻論]
音韻論的研究は,その言語がどのような音をどのように用いてその音的側面を構成しているかを研究する。…
…統語論に基づき,単語間の係り受けなど文の構造の認識などの処理を構文解析という。(4)意味論 文と世界との関係についての理論である。文とその文が記述する世界の関係を同定する処理を意味解析という。…
…状況意味論は,1970年代から80年代にかけて,自然言語の意味論の分野におけるさまざまな問題を解決しながら,情報と行為という概念を視野におさめて,かつ数学的に厳密な基礎づけをもつ理論を構成しようとした哲学的提案である。現在では,この提案は自然言語と心的態度帰属の意味論を真剣に考えようとするすべての研究者によってなんらかの形で承認されている。…
…永い文法研究の歴史の中で,この発想はまことに斬新で画期的なものであり,以下に概観するその具体的な枠組みとともに,やがて多くの研究者の依拠するところとなり,これによって文法とくにシンタクスの研究は急速に深さと精緻さとを増して真に科学といえる段階を迎えたといってよい。最初期には意味を捨象して文の形だけに注目していたが,その後,意味と音を併せ備えたものとしての文の生成をめざすようになり,普通にいう文法(シンタクス,形態論)のほかに意味論や音韻論も含めた包括的な体系を(しかもチョムスキーらは,言語使用者がそれを,自覚はしていなくとも〈知識〉(心理的実在)として備えていると見,その〈知識〉と〈それに関する理論〉の両義で)〈生成文法(理論)〉と呼んでいる。意味論や音韻論においても新生面を開いてきた。…
…セビリャのイシドルスの《語源録または事物の起源》に典型的にみられるように,個々の語彙は,存在の形而上学的秘密を蔵しており,語の起源を探索し,それを正確に意識することは,とりもなおさず,存在の深奥を解明することであると考えられた。第2には,とりわけ13世紀以降のスコラ学者が,意味論に深く立ち入ったラテン語学を展開した。実在と,表現された言語との間の対応と差異の関係に注目し,表現者の心象の構造にまで及んだのである。…
※「意味論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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