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吉満義彦 よしみつよしひこ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吉満義彦
よしみつよしひこ

[生]1904.10.13. 鹿児島
[没]1945.10.23. 東京
スコラ哲学者。東京大学在学中プロテスタントからカトリックへ改宗,1928~30年パリに留学し J.マリタンに師事。上智大学,公教神学校,東京大学などで教え,また聖フィリップ寮 (現真生会館) の舎監として青年を指導した。

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百科事典マイペディアの解説

吉満義彦【よしみつよしひこ】

カトリック哲学者。東大卒業後,岩下壮一につきトミズムを学ぶ。次いでパリに渡り,J.マリタンに師事。主著《文学と倫理》《詩と愛と実存》《哲学者の神》。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉満義彦 よしみつ-よしひこ

1904-1945 昭和時代前期の哲学者。
明治37年10月13日生まれ。東京帝大在学中,岩下壮一にであってプロテスタントからカトリックに改宗。フランスジャック=マリタンに師事する。昭和6年上智大,東京公教神学校の講師。おおくの論文をかき,日本の代表的カトリック思想家として知られた。昭和20年10月23日死去。42歳。鹿児島県出身。著作に「詩と愛と実存」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

よしみつよしひこ【吉満義彦】

1904‐45(明治37‐昭和20)
哲学者。鹿児島県出身。東京帝国大学文学部倫理学科卒。中学生のころからの熱心なプロテスタントであったが,岩下壮一に出会ってカトリシズムに接近,1927年カトリックの洗礼を受ける。28年大学卒業後渡仏,30年までおもにJ.マリタンの下で学ぶ。帰国後は上智大学,東京公教神学校,東大で教えるかたわら,多彩な文筆活動を行い,岩下とともに日本のカトリック思想界を指導した。《吉満義彦著作集》全4巻(1947‐52)がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉満義彦
よしみつよしひこ
(1904―1945)

哲学者。鹿児島県生まれ。第一高等学校を経て、東京帝国大学文学部倫理学科を卒業後、フランスに留学、ジャック・マリタンの指導を受け、帰国後は上智(じょうち)大学、東京公教神学校で哲学を教え、母校の講師も兼任した。学生時代に岩下壮一神父の影響で、プロテスタントからカトリックに改宗、カトリック思想界を代表する人物として活躍し、多くの著作を残した。アリストテレスとトマス・アクィナスの総合に「久遠(くおん)の哲学」を認め、キリスト教的ヒューマニズムを説いて、近現代思想を批判した。[大谷啓治]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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