同位体分離(読み)どういたいぶんり(その他表記)isotope separation

改訂新版 世界大百科事典 「同位体分離」の意味・わかりやすい解説

同位体分離 (どういたいぶんり)
isotope separation

原子番号が同じで質量数のみが異なる元素同位元素または同位体と呼び,2種以上の同位元素またはその化合物の混合系から目的とする対象物を分離濃縮することを同位体分離という。同位体は原子炉やトレーサー,科学実験などで使用されており,たとえば原子炉の燃料としてのウラン濃縮は同位体分離のよく知られている例である。

 同位体分離は,同位体効果と呼ばれる同位体の質量数の差に基づくわずかな物理的または化学的な性質の相違を利用して行われる。以下にその代表的な例を述べる。

(1)ガス拡散法 分子量の異なる2種類の気体が共存するときその運動エネルギーは等しいので,各成分ガスの平均速度はガス分子の分子量の平方根に逆比例する。したがって質量の大きい分子のほうが平均速度が小さい。この混合ガスを分子が衝突せずに通過できるような細孔に通すと,通過後,平均速度の大きい軽い分子が濃縮される。小さな分子に比して大きな分子では同位体間の速度の差が小さく,分離効率が悪くなるため,通常カスケード方式による多段分離が行われる。

(2)遠心分離法 分子量Mの気体が角速度ωで回転するとき,中心からrの位置にある気体分子は遠心力場によるエネルギー1/2Mω2r2をもつ。いま分子量の異なる2種の気体が熱平衡状態にあるとすれば,気体分子はボルツマン分布に従い,回転半径r方向に分布をもつ。この結果,分子量の大きい分子が外側に,分子量の小さい分子が内側に濃縮される。分離効率は角速度ωとともに大きくなるので,高速回転が使用される。

(3)熱拡散法 分子量の異なる2種類の気体を温度差のある容器の中へ閉じ込めると,高温部と低温部で圧力は等しいから気体の平均運動量は同じであるが,平均運動エネルギーは高温部で大きくなり,高温部に分子量の小さな気体が,低温部に分子量の大きい気体が濃縮される。内筒を加熱し高温部とした2重円筒容器(熱拡散塔と呼ばれる)が使われる。軽い分子が内筒で濃縮され上昇し,重い分子が外筒で濃縮され下降して分離される。

(4)蒸留法 同位元素あるいはその化合物は,質量数の相違によって蒸気圧あるいは沸点がわずかに異なる。この相違は分子量の小さい同位体の間で大きく,たとえば水素H2重水素D2の沸点はおのおの-252.8℃,-248.2℃であり,水H2Oと重水D2Oの沸点は,100℃および101.4℃である。この温度差を利用し,精密蒸留によって分離を行うことができる。重水素や重水では,この方法によって高い分離効率が得られる。しかし,重水の製造方法として蒸留法は,重水の天然存在比率が約0.15%と低く,分離のために消費されるエネルギーが大きいので,最近では初期濃縮にはあまり使われず,最終段階で使用されることが多い。

(5)電解法 同位体組成の異なった化合物の間では,原子間の結合エネルギーにわずかな差を生ずる。これは,零点エネルギーと呼ばれる0Kでの振動エネルギーが原子の質量に依存するためである。たとえば,水分子における酸素-水素間の結合エネルギーを酸素-重水素間の結合エネルギーと比較すると,後者のほうが大きい。水を電気分解すると水素が生成するが,この結合エネルギーの差によって生成する水素と重水素の割合が変化し,重水素は電解液中に濃縮される。この電解法は大電力を消費するので大量の重水を生産するには経済的ではないが,小規模の生産や最終段階での濃縮には用いられる。

(6)化学交換法 一般に,同位体の化学反応性は同じと考えられるが,電解法のところで述べたのと同じ理由によって,化学反応の平衡関係や反応速度にわずかの差を生ずる。たとえば,次式のような水と硫化水素のH-D交換反応

 H2O(液体)+HDS(気体)⇄HOD+H2S

の平衡定数は1より大きく,25℃で2.3となる(Dは重水素(ジュウテリウム))。したがって,水と硫化水素ガスを接触させると,重水素は硫化水素から水へ移行し濃縮される。このような原理を利用した重水の製造法は,硫化水素以外の化合物を用いても可能であり,大量生産における初期濃縮として用いられている。重水素のほか,たとえばB,N,Oなど比較的軽い同位体の分離に化学交換法が使用される。

(7)レーザー法 原子や分子の光吸収スペクトルの吸収波長は同位体によってごくわずか異なり,同位体シフトと呼ばれる。その波長が,ある同位体を含む化学種のスペクトルの吸収波長に一致し,波長幅が同位体シフトの間隔より狭いレーザー光を同位体混合系に照射すると,その同位体を含む化学種のみを選択的に高いエネルギーレベルへ励起することができる。このようにして励起された化学種のみが反応するような化学的処理または物理的操作を加えると,この同位体を含む化学種を分離することができる。この原理を利用した分離法は分離効率も高く,他の多くの方法のように多段操作を必要としないが,強力なレーザーとこれに適した作業物質系を見いだすことが必要である。近年,レーザーの著しい発達に伴い,ウラン,重水素,トリチウムなどの分離,濃縮法として研究開発が進められており,注目を集めている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「同位体分離」の意味・わかりやすい解説

同位体分離
どういたいぶんり
separation of isotopes

ある質量数の同位体を他の質量数の同位体から分離して捕集すること。種々の方法がある。最も精度のよいのは電磁場を用いる電磁的分離法 (質量分析器を使用) である。ほかに気体の拡散速度の質量による違いを利用する方法 (膜拡散法,熱拡散法,分離ノズル法) ,超遠心分離法,蒸気圧の質量依存性を利用する蒸留法,電気化学的効果を利用する電解法,化学反応における質量効果を利用する交換反応法,反応速度法,光化学的分離法,分別吸着法などがある。

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