翻訳|mass
物体に力を作用させたとき、容易にその運動状態を変えるものと、変えないものがある。運動状態の変えにくさの度合い、すなわち慣性の大きさを表す物理量を質量という。質量は物体の運動を調べる動力学において、位置と並んで物体の性質としてもっとも基本的な物理量である。また化学においても、質量保存の法則や、質量が原子のもっとも重要な属性であるという認識が18世紀後半から本格化する化学革命の大きな決め手となった。
[高木秀男]
質量massということばは17世紀初めごろから一般に使われるようになったが、その語源はラテン語で「かたまり」を意味するmassaである。質量という力学的概念が形成されるためには、慣性という概念が確立し、それが「物質固有の量」と結び付けられ、さらに質量と重さの違いがはっきりと認識されることが必要であった。これらはガリレイやデカルトらによって漸進的に行われ、ニュートンによってさらに明確化されて、質量は力学体系の基本的概念の一つに位置づけられることになった。そして、ニュートン以後の物理学の進歩によって、質量はさらに内容豊富な概念へと発展していった。
ニュートン自身は著書『自然哲学の数学的原理(プリンキピア)』(1687)のなかで、質量を「物質の量」といい、それを密度と体積の積で定義している。現在なら、密度を質量と体積の積と定義するので、これでは定義になっていないという非難を受けるであろう。ニュートンの質量の定義を批判したマッハは、『力学の発達』(1883)のなかでニュートンの第三法則を使って質量を定義することを提案した。すなわち、第三法則を「二つの物体を作用させたとき、二つの物体の加速度はつねに逆向きで、その大きさの比は二つの物体に固有な量になる」と解釈し、この法則から、基準の物体の質量を決めれば、その他の物体の質量がその何倍という形で定められる。
ところで、日常生活においては、質量を計るのにマッハのいうような方法ではなく秤(はかり)を使うのが普通である。これは、質量の関係する法則がニュートンの法則以外にもいろいろあり、それが有効に使われているためである。秤は、同一地点における物体の重さが質量に比例するという事実、もっと一般的にいえば万有引力の法則を利用して質量を計る装置である。それでしばしば、運動の法則で定義される質量を慣性質量、万有引力の法則を使って定義される質量を重力質量とよんで区別する。これはニュートン力学においては、運動の法則と万有引力の法則が独立な法則だからである。しかしさいわいなことに、実験によれば慣性質量と重力質量は非常によい精度で比例する(単位を適当にとれば数値を一致させることができる)。これを実験的に確かめたのが、1896年に行われたエートベシュの実験で、現在では10-13の精度まで確かめられている。この慣性質量と重力質量の一致は、後にアインシュタインによって注目され、一般相対性理論の基本仮定の一つとなる等価原理への実験的基礎を与えるものとなった。
[高木秀男]
長い間、質量は物体に固有の量で、厳密に保存される量と考えられてきたが、アインシュタインの特殊相対性理論の出現により、ニュートンの絶対時間や絶対空間の考えに修正が加えられ、質量の概念も変更された。特殊相対性理論では、質量mは定数ではなく、物体の速さvによって変化し、
と表されることが明らかにされた。ここで、cは光の速さ、m0は静止系での質量を表す静止質量である。もしvがcに比べてずっと小さければ、質量はその変化を無視できるので定数として扱ってよい。また、エネルギーEが
いう式で質量と関係づけられることも、特殊相対性理論によって明らかにされた。もしvがcに比べてずっと小さければ、mc2は
と近似でき、右辺の第2項に通常のニュートン力学における運動エネルギーが現れる。この式は、物体の速さが0でも物体はm0c2のエネルギーをもつことを意味する。このエネルギーを静止エネルギーとよぶ。またE=mc2という式は、エネルギーと質量が等価であるという驚くべき事実を表しており、その換算係数c2が非常に大きいということは、物体の質量をエネルギーに変換することができれば莫大(ばくだい)なエネルギーが得られることを示している。たとえば、1グラムの質量は、エネルギーに換算すると次のような大きな値となる。
1g=8.9876×1013J
=2.1473×1013cal
[高木秀男]
ニュートンの功績の一つは、宇宙の現象をなにもかも絡み合った統一体として理解しようとした従来の考え方を改め、個々ばらばらに局所的な法則で運動を記述することに成功した点にある。これが可能になったのは、物質の存在には無関係で、絶対的に静止し、等方的で一様な絶対空間という概念を導入して運動を記述したからである。しかし、マッハは、慣性が宇宙の全物質との相互作用の結果生ずると主張し、物質に無関係な絶対空間の導入を鋭く批判した。マッハの考えに従えば、局所的な法則も宇宙の全物質と見えない糸で結び付いていることになる。このような考えはマッハの原理とよばれている。マッハの原理の検証は非常にむずかしいが、もしこの原理が正しければ、物質固有の量と考えられている質量も、結局は宇宙の構造に依存していることになる。
物質の構成要素である素粒子、とくに陽子や電子の質量は、物理学における重要な基礎物理定数の一つである。素粒子やクォークなど物質の基本粒子の質量の起源を探り、それを理論的に導くことは現代の素粒子物理学の重要な課題にもなっている。
[高木秀男]
質量の大きさを決める標準物体としては、メートル条約に基づいて製造され、1889年の国際度量衡総会で指定されたキログラム原器(材料は白金90%、イリジウム10%)が用いられ、この原器の質量を1キログラムと決めている。キログラム原器はフランスのセーブルにある国際度量衡局に保存され、各国にはその複製が配られている。
秤を使って計れないような非常に大きな物体や非常に小さな物質の質量を計るには、特別のくふうが必要である。たとえば、太陽の場合にはケプラーの法則が使われ、原子の世界では質量分析計や質量分析器が使われる。
[高木秀男]
『富山小太郎著『現代物理学の論理』(1956・岩波書店)』▽『マッハ著、伏見譲訳『マッハ力学』(1969・講談社)』▽『ヤンマー著、大槻義彦他訳『質量の概念』(1977・講談社)』▽『田島進・飛田成史著『物質の質量から何がわかるか』(1991・裳華房)』▽『広瀬立成著『質量の起源――物質はいかにして質量を獲得したか』(1994・講談社)』▽『池内了著『宇宙と自然界の成立ちを探る――物質の構造と基本定数』(1995・サイエンス社)』
物体の運動を調べる動力学において,位置と並んで物体の性質としてもっとも基本的な量が質量である。力学の創始者ニュートンの《プリンキピア》の冒頭に,〈定義Ⅰ:物質量quantitas materieとは物質の密度と大きさ(体積)をかけて得られる物質の測度である〉としてその定義が述べられているが,密度の定義がないのでこれでは何のことかわからない。ニュートンの考えを整理し,解析学を使って今日の形に力学を表現したL.オイラーが質量の定義も現在のものに明確化した。すなわち,すべて物体には,もっている速度をそのまま保とうとする性質があり,これを慣性というが,その大小がこの物体の〈実質の量〉の大小を表すと考えてそれを質量と呼ぶ。物体として位置の明確な質点を考えると,運動状態はそれがもつ速度で表され,それを変えるには力が必要である。速度の変化率は加速度で測られるが,ニュートンが発見した運動の基本法則は〈加速度は力に比例して生ずる〉というものである。力も加速度もベクトルであるから,それらをFとaで表すと,これらは大きさが比例するだけでなく方向と向きも一致し,F=maと表すことができる。同じ大きさの力によって生ずる加速度は,mの大きいものでは小さく,mの小さいものでは大きくなるから,mの大小は慣性の大小を表すと考えられ,これを質量の定義とするのである。このようにして決めた質量を慣性質量inertial massということもある。この定義に従って質量を測定するには,二つの物体を衝突させるなど相互作用させて,そのときに生ずるそれぞれの加速度a1,a2を測定する。質量をm1,m2とすると,物体1が2から受ける力F1=m1a1と2が1から受ける力F2=m2a2とは作用と反作用の関係にあるのでF1=-F2であり,したがって,となる。加速度の大きさの比を求めれば,その逆比によって質量の比がわかることになる。適当に決めた標準物体の質量を1kgというように定めておけば,それとの比較ですべての物体の質量が定められる。
しかし,実際には質量の測定は重さ(重量)の比較によって行われるのがふつうである。重いものはもち上げるのに大きな力を要するだけでなく,水平方向にも動かしにくく,動いている場合には止めにくい。つまり慣性の大小と重さの大小は対応している。空気の抵抗などがなければ,同一地点ではどんな物体も同じ加速度で自由落下するが,これは重力の大きさが質量に比例することを示している。しかし,場所が違えば同じ物体の重さも変化するので,宇宙のどこへもっていっても変わらない質量と重さとを混同してはならない。とにかく,このように重さの比較によって決めた質量のことを重力質量gravitational massと呼ぶ。これと慣性質量とが同じものであることは,エトベシュ R.が精密な実験で確認した。
長い間,質量は物体に固有の量で,厳密に保存されるものと考えられてきたが,相対性理論の出現により,時間や空間の考え方とともに質量の概念も変わった。静止しているときの質量がm0の物体も,速さVで動いているときにはその質量が,(cは光の速さ)
になると考えるべきことが示され,そのとき物体のもつエネルギー(外力の位置エネルギーを除く)はmc2になっているとすべきことが明らかになったからである。(V/c)2≪1のときには,となることが容易に示され,右辺の第2項は通常のニュートン力学の運動エネルギーなので,物体はV=0のときにも第1項のm0c2で表されるだけのエネルギーをもっていると考えねばならない。これを静止エネルギーといい,このときの質量を静止質量と呼ぶが,これはある意味で質量とエネルギーの同等性(換算率c2)を示すものといえる。温度が高いほど物体のもつエネルギーは大きくなるので,この考えだと,高温にした物体は低温のときより質量が増すはずであるが,その差は小さすぎてとうてい測定できない。このような差が測定にかかるほど(相対的に)大きいのは原子核の反応の場合である。また,電子と陽電子など,粒子と反粒子が同時に消滅する対消滅では2m0c2以上のエネルギーがγ線として放出されるが,これも静止エネルギーの存在を示す証拠といえる。しかし,一般的に質量をエネルギーに転換する方法があるわけではないので,安易に質量とエネルギーは同じものだと考えることは誤りである。なお,慣性質量と重力質量の等価性をさらに進めて,重力と慣性力とを同じものとみなす一般相対性理論では,質量は重力場の源と考えられる。
電子のような荷電粒子はそのまわりに電場をつくり,電場はエネルギーをもつから,静止した荷電粒子はエネルギーをもっていることになる。それをmec2に等しいとおくと,荷電粒子はそれのもつ電気量のためにmeだけの質量をもつことになる。電子がもつ質量(のうちの少なくとも一部分)はこうして生じているという考えが,M.アブラハムによって出され(1905),一時は大きくとり上げられたこともある。電場が慣性を増すことは電磁気学でも証明できるからである。しかし,この〈電磁質量〉という考えは電子以外ではうまくいかないし,量子論で扱おうとしても大きな困難が生じてきて成功していない。荷電粒子に限らず,素粒子の場合には,粒子はつねになんらかの場をまわりにもっており,エネルギーを粒子と場について分けることがむずかしいために,粒子の質量をどう定めるべきかには困難があり,まだ解決されていない。
なお,質量の単位を決める白金・イリジウム製の国際キログラム原器は,フランスのセーブルにある国際度量衡局に保存され,各国にはその複製が配られている。
→相対性理論
執筆者:小出 昭一郎
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…社会や集団のメンバーのうち,指導者やエリートを除いた残りの多数の人びと。したがって,いつの時代のどんな社会,どんな集団にも大衆はいる。仏教用語では,多数の僧侶,多数の僧兵,すべての人間,すべての生物を意味している(読みは,だいしゅ,だいす,たいしゅう)。大衆の概念は,一方では〈人民people〉という概念と同一視され,他方では〈愚民foule〉というマイナス・シンボルと同一視される。マルクス主義において大衆とは,価値の創造者,歴史の主体的存在としてみなされ,社会主義革命の担い手となる労働者,農民を意味する。…
…キリスト教の儀礼である典礼の中心をなす礼拝集会。西方教会,特にカトリック教会で最も一般化した名称で,その由来は派遣のことば〈イテ・ミサ・エストIte,missa est〉(〈行け,汝らは去らしめられる〉の意)から出たものといわれているが定かでない。ミサは,キリストの生涯のできごとの一つを福音書を中心に聖書朗読によって記念する〈ことばの典礼〉から始まるが,その生涯の救いの業(わざ)の中心である十字架上の死による完全な奉献を〈最後の晩餐〉の遺言に従って記念する〈感謝の典礼〉が続き,主の晩餐にあずかってキリストとの出会いを通して相互の一致のうちに神との交わりを深める〈交わりの儀〉によって頂点に達する。…
…カトリック教会のミサの式文から〈キリエ〉(あわれみの賛歌),〈グロリア〉(栄光の賛歌),〈クレド〉(信仰宣言),〈サンクトゥス〉(感謝の賛歌),〈アニュス・デイ〉(平和の賛歌)の5曲一組で作曲したものをいう。以上のような通常式文のほかに,ミサの挙式日や目的などによって定められた固有式文を併せて作曲したものもある。特殊なものに,死者のためのミサで歌われるレクイエムがある。プロテスタントでも,英国国教会ではカトリックのミサ曲がそのまま歌われることもあり,ルター派では〈キリエ〉と〈グロリア〉のみの〈短いミサKurzemesse(ドイツ語)〉の音楽が作られた。…
…(b)運動の法則 運動量の変化は,及ぼされる力に比例しその力の及ぼされる方向に起こる。具体的に運動方程式の形に書くと,pを運動量ベクトル(=質量m×速度ベクトルv),Fを力として, ṗ=F(ṗ=dp/dt) ……(1) p=mv ……(2) または加速度ベクトルa=を用いて, ma=F ……(3) で表される。(c)作用反作用の法則 二つの物体が直接お互いに及ぼしあう力(作用と反作用)は,同一直線上にあって大きさが等しく逆向きである。…
…彼は1600年ごろ,木材の上に立てた釘の頭に金づちの頭よりずっと重い物を載せても釘は木の中に入らないが,金づちを振り上げて打つだけでなぜ釘は楽に木材に打ち込まれるのかを問題にし,運動する物体には何か固有の“ちから”があると考えた。これについてR.デカルトは44年の著書で,衝突現象で運動量mv(mは物体の質量,vは物体の速度)が保存されることに注意し,全宇宙における総運動量が不変であり,運動量こそが運動する物体のもつ“ちから”であると主張した。デカルトやその支持者たちの考え方からすると,運動や運動の変化の原因としての(外から働く)力は運動量の変化として測られることになる。…
…これを運動の第2法則といい,力をF,加速度をaとしてベクトルの関係式F=maで表される。比例定数mはその物体の質量と呼ばれる。この式をa=F/mとかくと,同じ力Fによって生ずる加速度も物体の質量によって異なり,質量の大きいものほど加速度が小さいことを示す。…
※「質量」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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