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呉淞 ウースン

百科事典マイペディアの解説

呉淞【ウースン】

中国,上海市の地名。呉淞江口に臨み,上海の外港として有名。淞滬(しょうこ)鉄路(呉淞〜上海)の起点で,軍事・交通の要地。商業の中心は隣接の宝山に移ったが,近年は造船,機械,化学などの近代工業が発達している。
→関連項目黄浦江上海

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世界大百科事典 第2版の解説

ウースン【呉淞 Wú sōng】

中国,上海市北郊の。また上海市の区名。港湾があり上海の外港である。黄浦江が長江(揚子江)に流入する地点(呉淞口)の西岸にあり,長江下流デルタの水陸交通の要衝で,明代に倭寇に対する海防基地が設けられたものが,一つの鎮に成長した。アヘン戦争のとき,ここにある砲台で江南提督陳化成が最後まで抵抗したのは有名。上海が開港したのちは,軍事基地として,また黄浦江を遡航できない大型船の係留地としてなど,上海と結びついて発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉淞
ごしょう / ウーソン

中国東部、上海(シャンハイ)市北部にある同市宝山(ほうさん)区の街道(行政区画)。ウースンともいう。黄浦江(こうほこう)河口の西岸に位置する港湾・工業地区である。人口7万4948(2014)。14世紀以後揚子江(ようすこう)、黄浦江河口一帯の要地とされ、しばしば倭寇(わこう)の襲撃に悩まされた。アヘン戦争の際にはイギリス軍に占領された。1880年および1882年の条約によってドイツ船の停泊を許可し、1898年には開港場となり、以後上海の外港として発達した。1932年、1937年の日本軍の上海上陸作戦の際には、中国軍は呉淞砲台に拠(よ)って激しく抵抗した。
 上海の中心部とは中国最初の鉄道(1876年建設)である淞滬(しょうこ)鉄道で連絡していたが、1997年に廃線となった。旧沿線一帯は発電所、造船所、紡績などの工場が多い。また西部には、日本の借款によって建設された宝山製鉄所を中心とする巨大な鉄鋼コンビナートの発達が著しい。[船越昭生・編集部]

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