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告白教会 こくはくきょうかいBekennende Kirche

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

告白教会
こくはくきょうかい
Bekennende Kirche

教会をナチズムプロパガンダの手段としようとしたヒトラー抵抗して,ドイツのプロテスタント諸教会内に生れた信仰覚醒運動。最初諸教会は,ワイマール政権への反感などからヒトラーに好意的であったが,ナチス支持のドイツ・キリスト者が,1933年結成のルター派,改革派,合同領邦教会の連合体であるドイツ福音教会を牛耳り,聖書と宗教改革信仰告白を脅かしたことから,これに反対する M.ニーメラーらの青年改革運動が形成され,同年 11月緊急牧師連盟を組織してドイツ・キリスト者に対抗,34年バルメン会議の宣言となって積極的にナチズムと対決した。こうしてドイツのプロテスタント諸教会は,国家統制下の教会と告白教会に二分。 36年ルター派領邦諸教会は別個の評議会をつくったが,改革派,合同派は告白教会内で,安楽死,ユダヤ人迫害に果敢に抵抗。結局地下活動に追いやられ,第2次世界大戦中は,逮捕,徴兵などで組織は大打撃を受けた。 48年ドイツ福音教会が再編されるとともに解消した。

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百科事典マイペディアの解説

告白教会【こくはくきょうかい】

ドイツ語Bekennende Kircheの訳。1933年ヒトラーが政権を握り,その国家主義的政策にドイツの教会を奉仕せしめようとしたとき,これに抵抗して成立した教会。
→関連項目バルメン宣言ボンヘッファー

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世界大百科事典 第2版の解説

こくはくきょうかい【告白教会 Bekennende Kirche】

ナチスの宗教政策に反対し,正しい信仰告白を行うために成立した教会。ヒトラーは政権を握ると,それに迎合する〈ドイツ・キリスト者信仰運動〉を利用して,その宗教政策を推進しようとした。これに対して,M.ニーメラーの指導による〈牧師緊急同盟〉の結成をはじめプロテスタント教会内に抵抗運動が起こり,1934年5月にバルメンで第1回告白会議が開かれた(バルメン宣言)。そこに結集されたのが告白教会である。迫害や分裂にもかかわらず,第2次大戦中を通じて,さまざまな形でナチス政権に対して抵抗を続け,所属する牧師・信徒の中から多くの犠牲者を出したが,その精神は戦後のドイツ福音主義教会(EKD)に受け継がれた。

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大辞林 第三版の解説

こくはくきょうかい【告白教会】

ドイツ福音主義教会内にあって、ヒトラーの宗教政策に抵抗した教会。ナチスに呼応した「ドイツ-キリスト者」の運動に反対し、信仰と教会の独立を守る闘争を続けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

告白教会
こくはくきょうかい
Bekennende Kircheドイツ語

ナチスの教会政策に反対し、ドイツ福音(ふくいん)主義教会内に成立した教会。1933年ヒトラーが政権につくと、これに呼応してドイツ・キリスト者の運動が活発となり、ミュラーL. Mller(1883―1946)を帝国監督に選出し、福音主義教会の均制化、すなわち全体主義化と民族主義化を推進しようとした。これに反対する牧師たちは「牧師緊急同盟」に結集。その組織的指導者はニーメラー、神学的指導者はカール・バルトであった。34年5月、バルメンに第1回告白会議が開かれ、信仰も制度も国家の権力意志に左右されないことが確認された(バルメン宣言)。同年10月、ベルリンのダーレム(ニーメラーの教区)に第2回告白会議が開かれ、11月に形成された暫定指導部は翌35年6月、アウクスブルクの第3回告白会議で承認された。福音主義教会はバルメン宣言および暫定指導部を認める告白教会とミュラーに指導されるドイツ・キリスト者の教会とに分裂。ヒトラーはケルルH. Kerrlを教会相に任命し、教会闘争の解決を図るが、告白教会の抵抗は強かった。告白教会内部でも対立は深まり、暫定指導部と意見を異にするルター派教会は、36年2月、バート・オエンハウゼンでの第4回告白会議で独自の指導部を設立する。37年ニーメラーは逮捕され、バルトもバーゼルに退くが、これは教会闘争の終了を意味せず、地方では牧師の抵抗が続けられた。第二次世界大戦後、ドイツ福音主義教会はバルメン宣言を出発点として再編された。[吉田輝夫]

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世界大百科事典内の告白教会の言及

【ドイツ教会闘争】より

ニーメラーらは,それを教会秩序の破壊であると抗議し,〈牧師緊急同盟〉を組織し,多くの参加者を得て運動を開始した。すなわち各領邦教会内で勢力をもつドイツ・キリスト者に抗して告白会議が組織され,さらに34年5月にバルメンで第1回告白教会全国会議が開かれ,有名な〈ドイツ福音主義教会の現状に対する神学的宣言(バルメン宣言)〉が採択された。しかし情勢の深刻化にともない,告白教会内部における非妥協的な全国常任議員会と保守的な領邦教会の人々の対立がしだいに深まっていった。…

【ニーメラー】より

…第1次大戦にはUボート艦長として従軍。戦後牧師となり,33年ヒトラーの教会政策に抗して〈牧師緊急同盟〉を結成し,告白教会に属して〈ドイツ教会闘争〉を指導した。37年逮捕され,45年まで,ダッハウ等の強制収容所に収容された。…

【バルト】より

…しかし31年のアンセルムス論《知解を求める信仰》によって,新しい神学的方法論を確立し,その上に立ってその終生の大著《教会教義学》の執筆にとりかかった。33年ヒトラーのドイツ帝国宰相就任を機として徐々に始まった教会に対するナチス政権の干渉のなかで,バルトはいち早くその危険な兆候を感じ,スイス国籍のまま〈告白教会〉を中心とする〈ドイツ教会闘争〉に参加し,その理論的指導者となる。33年6月に小冊子《今日の神学的実存》を発表。…

【バルメン宣言】より

…正式には〈ドイツ福音主義教会の現状に対する神学的宣言〉。ヒトラー政権の教会への干渉に抗して起こった〈告白教会〉が,1934年5月にドイツ西部のバルメンBarmenで第1回告白教会全国会議を開き,そこで採択された。草案はK.バルトを含む3人の起草委員によって書かれたが,6項目より成り,国粋主義的な〈ドイツ・キリスト者〉の神学的逸脱をしりぞけつつ,宗教改革の神学に根ざして,教会と国家の関係その他の聖書的諸真理を展開している。…

【ボンヘッファー】より

…ナチズムがしだいに台頭してくる情勢のなかで,世界教会運動のために活躍していたが,33年にヒトラーが帝国宰相の座につき絶対的権力を握るに及んで,いち早くその悪魔的性格を見抜き,やがてナチ政権の教会干渉とそれに対抗する教会の抵抗運動の進展するなかで,〈ドイツ教会闘争〉の一員として活躍。35年には,〈告白教会〉の創設したフィンケンワルデにおける非合法牧師研修所の責任者として,若い牧師たちの養成に当たったが,それもやがて閉鎖された。その後一時アメリカに渡ったが,第2次世界大戦開始直前に帰国。…

※「告白教会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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